高市政権の外国人政策強化
2025/10/23
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中国が日本産水産物の輸入再開を進める方針を明らかにした。この動きは、2023年8月の東京電 力福島第一原発の処理水放出を理由とした輸入禁止措置の緩和を意味する。表面上は両国間の経 済的関係改善の一歩に見えるが、その背景には複雑な政治的・経済的意図が絡む。 まず、中国が輸入再開を決めた背景には、トランプ米政権の貿易保護主義の高まりがある 。2025年1月に第47代大統領として復帰したドナルド・トランプ氏は、選挙戦中から「アメリカ 第一」を掲げ、対中関税の大幅引き上げや輸出規制の強化を公約してきた。これに対し、中国は 米国との貿易摩擦を緩和しつつ、経済的孤立を回避する戦略を模索している。日本との貿易関係 の強化は、米国依存からの脱却を図る一環と見られる。特に、日本産水産物は中国市場で根強い 需要があり、輸入再開は中国国内の消費者需要に応えると同時に、対日関係の改善をアピールす る狙いがある。 さらに、中国のこの動きには、日米同盟に楔を打ち込む政治的意図も透けて見える。日米は安 全保障や経済面で緊密な連携を深めてきたが、トランプ政権の保護主義が日本経済に圧力をかけ る可能性は否定できない。米国は日本に対し、自動車や農産品の市場開放を強く求めており、対 米貿易黒字を問題視する姿勢を強めている。中国はこうした日米間の摩擦を利用し、日本との経 済協力を深めることで、対米圧力を間接的に牽制しようとしている。輸入再開は、こうした戦略 の一環として、日本に対する柔軟な姿勢を示す象徴的な動きといえよう。 しかし、日本側から見れば、中国の姿勢軟化は歓迎しつつも、慎重な対応が求められる。日中 間には、尖閣諸島を巡る領有権問題や台湾海峡の緊張など、地政学的リスクが根強く存在する。 尖閣諸島周辺では、中国公船の領海侵入が常態化しており、2024年だけでも30回以上の侵入が確 認されている。また、台湾を巡る中国の軍事的圧力は増しており、2025年に入ってからも人民解 放軍の演習が頻発している。これらの動向は、日本にとって安全保障上の脅威であると同時に、 経済面での中国依存リスクを改めて浮き彫りにする。 日本経済は、こうした地政学的リスクを背景に、「脱中国依存」を加速する必要がある。サプ ライチェーンの多元化や、東南アジア・インドなど新興国への投資拡大が求められる。既に日本 企業は、中国市場の不確実性を軽減するため、ベトナムやインドネシアでの生産拠点拡充を進め ている。この傾向は、トランプ政権の保護主義と中国の地政学的リスクが重なる中で、ますます 顕著になるだろう。 結論として、中国の日本産水産物輸入再開は、トランプ政権の保護主義への対抗策と、日米結 束への牽制という中国の戦略的意図を反映している。日本はこれを経済的機会として活用しつつ 、尖閣や台湾を巡る地政学的リスクを軽視せず、脱中国依存の取り組みを継続する必要がある。 国際環境の不確実性が高まる中、日本経済は柔軟かつ戦略的な対応が求められる。
組織の不正や違法行為を正義感から内部告発した人は、当然に守られるべきだ。不正を告発した内部通報者を解雇や懲戒処分とした場合、組織と個人双方に刑事罰を科すことなどが盛り込まれた改正公益通報者保護法が6月4日、参院本会議で可決・:成立した。企業や地方自治体は、新たに罰則が設けられたことを重く受け止め、内部通報に適切に対応できる体制整備を進めていく必要がある。 ■法人は3000万円以下の罰金、個人は6か月以下の拘禁刑か30万円以下の罰金 公益通報者保護法は、事業者や自治体などが、組織内の違法行為や不正を組織の相談窓口や報道機関などに通報した人について、不利益な取り扱いをすることを禁止している。ただ、これまでは罰則が設けられていなかったため、特に中小企業などでは通報窓口の整備が進まず、内部通報者を適切に保護する観点ではかねて課題が指摘されていた。 このため、今回の改正により、内部告発を理由に通報者を懲戒処分または解雇とした法人に対し、3000万円以下の罰金が科される。個人についても罰則が設けられ、通報者の処分を決めた人には6か月以下の拘禁刑が30万円以下の罰金が科されることになる。 忸怩たる思いで組織の不正や違法行為を止めようと声を上げた人が、不利益を被ることは決してあってはならない。告発者が不当な圧力を受けないようにする上でも、今回の罰則規定が設けられた意義は大きいだろう。 ■来年中には改正法が施行 改正法はさらに、事業者が正当な理由なく内部通報者を特定しようとしたり、通報を妨げたりしたりすることも禁じた。また、従業員が300人を超える事業者の場合、内部通報者の窓口担当者を配置しなければ、国が立ち入り検査を行えるとし、命令などに従わなければ30万円以下の罰金が科される。 改正法は2026年中にも施行されるため、事業者や自治体は早期の体制整備を図り、通報者を守る仕組みを強化していくべきだ。内部告発者が不当な扱いを受けることは許されない。
渡辺恒雄と後藤田さんの軋轢 香村 この間亡くなった、読売の渡辺恒雄ね。渡辺氏と中曽根氏は60年以上の刎頸の交わりだということだったんですけどね。後藤田さんとレフチェンコ事件をめぐって、ちょっといざこざがあったというような記事が出ているわけですけど。あの事件でレフチェンコがCIAとかいろんなところで喋ったものが文書にでて、そこに読売の記者や、あるいは野党の政治家の名前も出ている。後藤田氏が渡辺恒雄に「お前のところの記者はスパイみたいなものだから首切れ」と文句言ったところ、渡辺恒雄が「そんなことないよ。なんでうちの社員のことを勝手にそんなこと言うんだ」と。渡辺恒雄が怒って中曽根康弘の所に行った。そしたら中曽根康弘が「後藤田の言うことが正しいよ」と。CIAからリストが出てて、そこに全部名前が出ている。読売の記者も政治家も名前が出てると。それで結局、渡辺恒雄が「俺が負けた」というようなこと言ったらしいんですよね。渡辺恒雄と後藤田さんとはそんなに交流はなかったということですか? 平沢 わかりません。ただ私が秘書官の時に後藤田さんと渡辺恒雄さんが一緒に食事をしたことはなかったといえると思います。 香村 1986年の衆参同日選の時にですね、定数是正問題をめぐって、最高裁の判決が出て、それで八増七減の衆院の定数是正をしなければだめだと。その時に「寝たふり解散」というかね、これは渡辺恒雄のアイデアだと本人は著書で自慢してるわけです。 平沢 渡辺恒雄さんが? へー。 香村 そういう意味からいうと、渡辺恒雄は政権のブレーンというか知恵袋みたいなとこもあったのかなと。そうすると、後藤田さんがそれを知らないというのもまたどうかなと、私は思ったりもするんですけどね。 平沢 そうですね。そうなりますけど。ともかくあの時の選挙について後藤田さんはたとえ知っていても秘書官に漏れるような隠し方はしなかったでしょう。
2025.06.09
母を殺し弟と鳥追いやって 俺も行きたや寺山ワールド 下手くそな、寺山修司の本歌取りを試みたつもり。 本歌は以下の二つだ。 亡き母の真っ赤な櫛で梳きやれば山鳩の羽毛抜けやまぬなり 新しき仏壇買いに行きしまま行方不明の弟と鳥 こう読むと、寺山は母を亡くしていて、弟は行方不明になったかのようだ。全く違う。父こそ幼少期に亡くした寺山だが、母は長生きし、47歳で死んだ寺山の葬儀委員長を務めた。そして寺山は一人っ子である。 キーワードは自己劇化。それまでの一人称短歌(詠んでいる内容は自分のことで、本当に起こったことを歌う)を寺山は平気で打ち破った。現代短歌の革命児と言われる所以である。 そして若者たちに「書を捨てよ、町に出よう」とアジりまくった。私の友人は寺山に煽られるまま、三重から東京に出て、寺山が通った早稲田大学教育学部に入った。その後、風俗ライターとして斯界をさまようこと数十年。芝居の世界にも足を突っ込み、近年は故郷にアングラ系の劇団を引っ張って自主公演を打っている。(この項続く)
2025.06.09
蔦重が狂歌絵本をさらに発展させた豪華版が、1784(天明4)年の『吉原傾城新美人合自筆鏡』だった。駆け出しの頃に買い取り形式で出したとされる『青楼美人合姿鏡』の続編で、大型2枚続きの錦絵を7組まとめた画帖仕立て(折本形式)で、序文は太田南畝が、跋文を朱楽菅江が担当している。 見開きの1カットに、上は花魁から下は禿に至るまで北尾政演の描く5~8人の遊女の華やかな全身像が。その余白に彼女たちの名前と自らよんだ和歌や俳諧が、本人たちのものに似た筆跡で書き込んである。いわばアイドルのサイン入り集合写真といった趣だ。 狂歌絵本と並行して蔦重が手掛けた黄表紙も、乗りに乗っていた。1785(天明5)年はまさに黄表紙の黄金期の頂点とされるが、ヒット作はほぼ蔦重・耕書堂が手掛けたものだった。 その代表作である『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』は、裕福な家庭に生まれたブ男の道楽息子・艶二郎が、吉原で色男として何とか名を上げようとあれこれ画策するものの、ことごとくうまくいかず……というストーリー。当時、遊女たちが容貌の割に粋がろうとする客を陰で「艶二郎」と呼んでいたという程の大ヒットとなり、黄表紙の代表作として今も評価が高い。(つづく)
2025.06.09
野球評論家の佐野慈紀氏が横浜DeNAベイスターズの今季好調なケイ投手、ジャクソン投手の〝活躍の理由〟を指摘した。 ケイとジャクソンが開幕から快投を続けている。 2日時点の成績はケイがセ・リーグ投手で防御率1・15で1位(4勝)、ジャクソンが防御率1・27で3位(5勝)と左右のエースとして横浜を支えている。 佐野氏は「もうこれは分かっていたことなんです」と納得の表情。 ポイントは「直球の角度」だという。 「やっぱり直球の角度がある投手の球っていうのは打ちにくいものなんですよ。ベース上で球に勢いがあって、まっすぐでどんどん押していける。これは強みですね」 最後には「さらにバウアーが上がってくれば、相当横浜の先発陣は厚みが出てくるでしょうね」と話した。 ケイ、ジャクソン、バウアーの助っ人トリオが後半戦、横浜Vへの原動力となりそうだ。
2025.06.08
大屋根リングは想像以上に巨大だった。 俺と母はすぐに登ってしまうのが勿体なかったので、複雑に組まれた柱の下を歩いていた。「まるで清水の舞台やなぁ」 そう、母の言う通り大屋根リングは清水寺と同じ貫工法という技術で作られているらしい。 「世界最大の木造建築でギネス認定されたんやで!」 「へぇ~やるやん!じゃあ登ろか~」 下からの景色にもう飽きた母は、専用のエスカレーターへ向かって行った。 「ワオ!絶景やな~」 まだエスカレーターの途中だが、もう母は絶景のフライングである。 そして気付けば清水の、いや、大屋根の舞台に到着していた。 「ほんまに会場一周してるやん!2キロ?2万キロ?」 「2万キロあったら万里の長城の長さやん!」 ちなみに、リングは正確には2025mで西暦と同じである。 「次あれ行こう!」 「よし!」 ここからパビリオンを見下ろせる為、アタリをつけるのに最初に登ればよかったと、俺はこれから行く人に教えてあげたくなった。 (つづく)
2025.06.07
野球評論家・佐野慈紀氏がシカゴ・カブスの鈴木誠也の活躍にスポットライトを当てた。 メジャー4シーズン目の鈴木はレギュラーとしてチームに欠かせない選手となっている。6月2日時点で打率2割6分9厘、14本塁打、打点52とナ・リーグトップクラスの成績だ。チームも首位をキープしている。 佐野氏は「何よりも右打者でポイントゲッターとして活躍しているのはすごいですよ。この勝負強さはチームにとってもすごい助かります」と指摘。左打者はこれまでも松井秀喜氏、イチロー氏、現在の大谷翔平など成績を残してきた選手はいるが右打者は少ないとあって、高く評価した。 日本のメジャー報道といえば、ドジャースの大谷にばかりスポットライトが当たっているが、鈴木の活躍も十分評価に値するものだ。 佐野氏は「もっと鈴木誠也の活躍にも注目が集まってほしいですね」とエールを送った。
2025.06.06
記事にするまでに少し時間がってしまったが、靖国神社の例大祭が4月22日に執り行われた。参拝した国会議員は、昨年は100名であったが今年は72名にまで一気に減少した。閣僚では冨樫博之総務副大臣や吉田真次厚生労働政務官が参加した。その他、安倍昭恵元首相夫人や高市早苗経済安全保障担当相岸田首相が参加した。石破総理は参拝せずに真榊を奉納するに留めたことは腑甲斐ないことである。かつて小泉首相や安倍首相が公式参拝した際には中国や韓国が強く抗議し、アメリカも大使館を通じて失望を表明していた。自国の死者を慰霊することを他国に避難される筋合いは一切ない。首相をはじめ閣僚は自身の思うままに参拝に参加して当然である。もっと言えば、天皇陛下にも参拝いただきたいと願う。靖国に眠る英霊は御国の為に戦地に赴きその貴い命を落とした。今上天皇が靖国を参拝されて先の戦争で亡くなられた英霊を供養されることで本当の意味での戦争が終結するのかもしれない。英霊を供養し鎮魂に導くことが出来るのは天皇陛下において他に居ないのではないだろうか。 靖国神社には約250万柱の英霊が祀られている。明治維新以来の日本人兵士全員が祀られているわけではない。そこに祀られているのは官軍の兵士のみである。靖国神社の前身である東京招魂社は1896年6月の第一回合祀で幕末以来の内戦の「官軍」、つまり新政府軍の戦死者3855人を祀った。以来、靖国神社となってからも今日まで内戦の死者としては官軍の戦死者のみを祀り、「賊軍」つまり旧幕府軍および反政府軍の死者は祀っていない。国内の戦死者ですら祀らないのであるから、日本が戦争で戦った相手国の戦死者は当然のように祀られていない。 靖国神社に祀られているのが、軍人および軍属のみというのも疑問が残る。ひめゆりの乙女たちは従軍看護婦つまり軍属であったため、祀られている。知覧の地より飛び立っていった神風特攻隊の若き桜たちも祀られている。日本軍の末端におられた方々が東條英機元首相らA級戦犯とされた重要人物たちと分け隔てなく平等に祀られているのは評価できるのだが、そこには民間人が一切入っていない。東京大空襲や沖縄戦の犠牲者も、広島や長崎の犠牲者も、いわばみな国のために死んでいったのに、民間人である限りは靖国神社にその魂を入れないのは納得できない。 官軍とか賊軍とか、軍人とか民間人とか、日本人とか外国人とか、戦争による死者にそのような区別や差別があってはならない。みんな同じ場所に祀ればよいと真剣に思う。靖国問題がこれほど複雑化するのも、中国や韓国の干渉があるにせよ、遺族の方々が、戦争で亡くなった自分の愛する者が眠る場所が欲しいからであり、愛する者に会いに行く場所が必要だからである。その場所をどうするのか、慰霊と鎮魂の問題について真剣に懸命に取り組み最善の策を講じる使命を政治家は全うしなければならないはずだ。(紅 良作)
蔦重が世に送り大ヒットした『吾妻曲狂歌文庫』は、絵と狂歌を並べる狂歌絵本という新しいタイプの狂歌本の走りとなった。大田南畝、唐衣橘洲、朱楽菅江の3巨頭の名は江戸の大人から子供にまで知られ、狂歌連に集まる狂歌師たちからは「狂歌四天王」などと呼ばれるスターたちも生まれたという。 「才人が即興で作った面白い作品を、芸名とポートレートともども媒体に乗せる」という意味では、現在の日本テレビ系『笑点』と通じなくもない。媒体の進歩とアイデアのなせる技、というわけだ。 以降、蔦重が出す狂歌本や戯作に掲載する挿絵の描き手として若い絵師たちが蔦重に見いだされ、腕を磨く。その代表が喜多川歌麿、葛飾北斎という後の浮世絵のスーパースターである。 蔦重には当時から「侠気がある」という世評があった。少し後だが1856(安政3年)の『戯作者小伝』には、蔦重について「文才ある者の若気に放蕩なるをも荷担して、又客として財を散ずるを厭はざれば、是がために身を立て名をなせし人々あり」と記している。 要は、若くて才能のある面々に自らカネを出して(吉原で)大いに遊ばせ、その成長を見守る。若い面々はそれを意気に感じて蔦重の下で大いにその能力を発揮する、というわけである。(つづく)
2025.06.05










