高市政権の外国人政策強化

10 月 21 日、高市早苗自⺠党総裁が総理大臣に任命された。我が国初となる女性首相の誕生だ。同日に発足した高市内閣は、自⺠党と日本維新の会の「連立政権」として報じられている。 厳密に言うと、「閣外協力」と「連立政権」はイコールとは言い難いが、20 日に高市総裁と維新の会の吉村洋文代表、藤田文武共同代表が署名した文書は「連立政権合意書」というタイトル。今後は、閣僚を内閣に送り込まない閣外協力であっても連立政権であるという理解が浸透していくだろう。 高市内閣では、女性閣僚の登用が注目されていた。蓋を開けてみると、片山さつき財務相と小野田紀美経済安保相の二人にとどまったが、松島みどり元法相が総理補佐官に起用された。 外国人政策担当の松島みどり総理補佐官 出典:首相官邸公式サイト 松島総理補佐官の担当は外国人政策。小野田経済安保相も「外国人との秩序ある共生社会推進担当」を兼ねている。高市首相の肝入り案件である「外国人対策」の司令塔を首相側近で固めてきたところに、高市首相の本気度が伺える。 自維の「連立政権合意書」も、外国人政策として、外国人に関する違法行為への対応と制度基盤を強化して「ルールや法律を守れない外国人に対しては厳しく対応する」ことを明記している。 その他にも、対日外国投資委員会(日本版 CFIUS)の創設や、外国人および外国資本による土地取得規制を強化する法案も、来年の通常国会での審議入りが目指されている。高市政権は、我が国における「外国人政策」の転換点となるだろう。 (北島純・社会構想大学院大学教授)
政治•経済

2025/10/23

最新記事

椎野礼仁のTANKA de 爺さん 第18回 『短歌の音』
椎野礼仁のTANKA de 爺さん 第18回 『短歌の音』

 孤島から海に投げ込む小瓶かも知れないけれどきみに言葉を たっぷりと横顔おれに見せつけてキュウリを食らう 唇(くちびる)にマヨネーズ 「ごめんそろそろ鎮痛剤が効いてきた」電話の向こうの女友達 上の3首は、敬愛する女性歌人に献じた歌だ。 2首目、3首目は実際の景を、ほぼそのまま五七五七七にまとめた。 1首目は僕にしては珍しく、イメージを短歌に仕立てた。 孤島、小瓶、言葉と、キーワードが頭韻を踏んでいる(「こ」という音で)ので、気に入っている。から、込む、かも、きみ、などK音が連ねてあるのも、なかなかではないか(と自賛しておく)。 短歌は音の文学だから、同じ響きを大切にする。今読んでいる俵万智さんの『生きる言葉』というエッセー集にも、あの有名な 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 という歌について、「サラダというS音との響きを考えて、六月でなく七月を選んだのは正解だった」というくだりがあった。 自分の話で終わってしまったが、来週は、敬愛する女流歌人の、その敬愛する所以について触れてみる。(この項つづく)

連載•小説

2025.08.04

出版規制が始まっても、蔦重の黄表紙は売れ行き最高潮
出版規制が始まっても、蔦重の黄表紙は売れ行き最高潮

 松平定信が推し進めた世に言う「寛政の改革」は、「寛」大な「政」治という字面とは真逆だ った。皇室や大奥の経費を削減したのを始め、大名・旗本や町人・農民とまんべんなく倹約が 求められた。特に武士には「文武両道」を唱え、武術や学問を強く奨励した。 しかし、定信が老中首座となった1788(天明8)年からその翌年は、蔦重の黄表紙の売れ行きが 最高潮だった期間である。いったいどんな内容だったのか? そのラインアップはこんな具合である。 1788(天明8)年:恋川春町『悦贔屓蝦夷押領(よろこんぶひいきのえぞおし)』          朋誠堂喜三二『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくどうし)』 1789(天明9)年:恋川春町『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』          唐来参和『天下一面鏡梅鉢(てんかいちめんかがみのうめばち)』          山東京伝『奇事中州話(きじもなかずわ)』 当時、書籍は正月に袋に入れて売り出すのが通例だったが、ことごとくが大変な勢いで売れた という。 当時の記録では、「問屋仲間は言うまでもなく、小売りの者までもが我も我もと買いに店まで 押し寄せたために行列ができ、製本が間に合わない。摺ってそのまま製本せずに台車に積んで 引いていても、客は「そのままでいいからくれ」と争って買いに来る。そこで表紙と製本用の 糸をセットで売った」と、異常なまでの過熱ぶりがうかがえる。(つづく)

連載•小説

2025.08.04

佐野慈紀のシゲキ的球論    来春のセンバツからDH制導入へ!「高校球児にチャンスが増えるのはうれしいが…大谷〝二刀流〟への道が」佐野氏も複雑
佐野慈紀のシゲキ的球論  来春のセンバツからDH制導入へ!「高校球児にチャンスが増えるのはうれしいが…大谷〝二刀流〟への道が」佐野氏も複雑

 26年春の高校野球選抜大会(センバツ)からDH制(指名打者制度)が導入される見込みであることが明らかになった。選手の出場枠が増えることや、投手の負担を軽減することなどがメリットとして挙げられている。    佐野氏は「半分OKだし、半分さびしい気持ちもあります」と話す。   「選手の出場機会が増えるのはいいことだと思います。ただ、大谷選手の活躍でこれだけ二刀流が盛り上がっているなかで、そういう選手が少なくなるのではないかなとも思います。もちろん、打力のある投手は打席に立てばいい話なんですが」(佐野氏)    新時代に突入する来春のセンバツがいまから楽しみだ。

連載•小説

2025.08.03

好評連載『俺の名前は三遊亭はらしょう』vol.34 『中村南スポーツ交流センター その4』
好評連載『俺の名前は三遊亭はらしょう』vol.34 『中村南スポーツ交流センター その4』

 俺は平泳ぎをしている。中学生以来、実に32年ぶりに25mプールを泳いでいる。 最初は自信がなかったが、手足を動かせば自然、前へ進んで行く。 一体、この泳ぎ方を誰に教わったのだ?体育の牧浦先生か?あの頃が昨日の続きのように俺は泳いでいる。これほど長い間、25mプールの筋肉を使わなくてもここまで動くとは、もしや俺の前世は魚だったのか? ブクブク。ハー。ブクブク。ハー。と思ったが、息継ぎのスパンが短すぎる。これだけ頻繁にハー。空気が必要ならハー。魚の線はあっさり消えたハー。前世はなんなのだ?忍者か?でも忍者だったら泳ぐよりもハー。水面を歩けそうだハー。しかしなぜ俺はこんなにも前世にこだわっているのだハー。 余計なことを考えたらブクブク。沈みはじめて来た。目に水が入って前が見えない。あとどれ位でゴールだろうか。俺は忍者でも魚でもないブクブク。 顔を上げた刹那、はるか向こうにいる監視員が蜃気楼のように見えた。 (つづく)

連載•小説

2025.08.03

佐野慈紀のシゲキ的球論    米野球殿堂入りのイチロー氏と現役時代に熱戦の思い出! こん身の投球に〝交わした言葉〟
佐野慈紀のシゲキ的球論  米野球殿堂入りのイチロー氏と現役時代に熱戦の思い出! こん身の投球に〝交わした言葉〟

 イチロー氏がオリックス在籍時代に、佐野氏は近鉄バファローズの中継ぎエースとして何度も対戦した。    イチロー氏の思い出について聞くと佐野氏は「初対戦は正直、覚えていないんです。ただ、長岡球場(新潟県)で野茂から放ったプロ初のホームランはブルペンで見ていましたね」と振り返る。    対戦時は「本当に楽しかった。どうやって抑えてやろうか! と。必死でがむしゃらでしたね」と佐野氏。    抑えるには「インコースのギリギリをどうやって振らせるか」(佐野氏)と集中していたそうで、ある時には打ち取って攻守交代ですれ違った際に「佐野さんは僕の時だけすごい(球が)来ますねえ!」と声を掛けられた。佐野氏も「だって楽しいんだもん!」と応じたそうだ。   「その言葉を聞いた時に、『僕もピッチャーとして認められたんだ』と感じましたね。ある時には、直球アウトコース低めのベストピッチを「レフトポール際にホームラン打たれましたよ(笑い)。後で、僕が『ポール際(ぎりぎりだった)』と言うと、イチローは『何言ってるんですか佐野さん! 左中間でしたよ!』って」とうれしそうに振り返った。  

連載•小説

2025.08.03

T.LEAGUEの開幕戦に行ってみた
T.LEAGUEの開幕戦に行ってみた

T.LEAGUEとは卓球の国内リーグのことでTはテーブルテニスの頭文字である。7月27日 、代々木競技場第二体育館で今シーズンの女子の開幕戦に招かれたので行ってみた。代々 木競技場第一体育館はバレーボールの聖地、第二体育館はバスケットボールの聖地と言わ れている。卓球の聖地は、広くは北京工人体育館、近くは東京体育館。しかし、T.LEAGUE の開幕戦はバスケットボールの聖地代々木競技場第二体育館で行われたのにはわけがある 。2020年の東京オリンピックでは卓球種目の会場として代々木競技場第二体育館が使用さ れた。それ以降、卓球のイベントが代々木競技場第二体育館で繰り返し行われるようにな り今では卓球の聖地にもなりつつある。 開幕戦が行われたのは日本生命対日本ペイント。試合に先立ち会場を盛り上げたのはア イドルユニットの「高嶺のなでしこ」(たかねこ)。秋元康氏が企画したオーディション 番組「ラストアイドル」から誕生した10人組。卓球台を挟んで右と左で1曲ずつを披露し たが私には同じ曲に聞こえてしまう。多くの観客が手拍子の代わりに応援用に会場入り口 で渡されたハリセンを使うので手拍子だけは大音量。手拍子が鳴りやまぬ中、たかねこは 退散。続いて選手入場。両サイドからスモークが上がるゲートから選手が入場する。まる でプロレスラーの入場のようだと思っていたら本当にプロレスラーが登場してきた。「エ スコートレスラーはハヤブサ選手っ!」会場にアナウンスされる。卓球選手とプロレスラ ーが二人一組になって次々とアナウンスされてスモークの中を登場する。最後の選手はプ ロレスラーが足りなかったのだろう、レフェリーと登場すると言うオチがついた。 ペアの試合が1試合、シングル戦が3試合行われ、結果は日本生命が3対1で勝利した。日 本生命の看板選手である世界ランク9位の早田ひな選手や日本ペイントの世界ランク8位の 大藤沙月選手は国際大会出場の為に欠場していた。そのせいか、日本ペイントは第二試合 に中学一年生の村松心菜選手、第一試合と第四試合に高校三年生の青木咲智選手が出場。 大人に立ち向かう子供よ、がんばれ、という空気が会場に充満していた。 試合後の勝利チームへのインタビュー。日本生命の村上恭和監督「昨日の男子の開幕戦 の入場者は1600人、今日は2300人ということで男子に勝てて良かったなと・・・」、試合 ではなく入場者数の勝利に浸っておられたのだった。 (坂本 雅彦)

社会•事件

2025.08.03

参院選比例代表で落選した浜田聡氏に期待と注目が集まる
参院選比例代表で落選した浜田聡氏に期待と注目が集まる

大荒れの参議院選挙が終わり徐々に落ち着きを取り戻した永田町。参議院議員会館では 図らずも落選した議員の事務所の撤退作業が参議院会館の職員に急かされて急ピッチで進 められる。それも仕方のないこと、8月上旬には国会の召集が予定されており新たに当選 した議員たちの入居準備を進める必要がある。物思いにふけっている余裕も暇もない。か く言う私も撤退作業の末端にいる一人。名残を惜しむ暇もない。かえってこの作業が好都 合であったりもする。余計な悔恨をしなくても済むからだ。  さて、私が仕えているのは2期目の再選に挑んでいた浜田聡氏である。2019年に参議院 議員であった立花孝志氏の辞職に伴い繰上げ当選、以降5年10か月の間、真摯にその職責 を果たしてきた。  梅雨明けを控えて夏本番が迫りくる日本列島を賑わせたのは第27回参議院議員選挙。こ の選挙で与党は衆議院に続き参議院でも獲得議席が過半数割れし、現与党の政権運営にシ グナルが灯る結果となった。そのような中、我らが浜田聡氏はNHK党の公認候補として全 国比例で立候補していたのだが惜しくも議席獲得には届かなかった。届かなかったとは言 うものの浜田聡氏の得票は33.5万票、50名が当選する比例代表の全候補者172名中7位の得 票である。浜田聡氏より得票が多かったのは郵政団体や創価学会などの特定組織に属する 組織内議員か弁護士の北村晴男氏、元テレビキャスターの蓮舫氏らだけである。浜田聡氏 が圧倒的上位の得票を得ながらも落選したことはセンセーショナルな出来事である。 比例代表の得票は個人票だけではなく所属党派の票も合算されてドント方式により各党 派ごとに議席が分配される。つまり、浜田聡氏に足りなかったのは所属党派であるNHK党 の票。NHK党の票は32.9万票であり前回の参院選(2022年)の83.4万票から半分以下に減 少した。今回の参院選全国比例で議席獲得の最低ラインとなったのが社民党の89.8万票。 浜田聡氏の卓抜した得票をもってしてもNHK党の票数の減少分をカバーしきれなかったと いうことになる。  浜田聡氏が上位当選の見込まれる得票を得たにも関わらず落選となったことには民主主 義的観点から釈然としないが参院選比例代表の議席獲得方法は公知のこと、甘受するしか ない。浜田聡氏本人はSNSでの発信を通じて多くの票を浜田聡氏に投じた有権者に感謝を 意を示すと同時に議席獲得に至らず期待に沿えなかったことを詫びた。併せて、有権者か ら投じられた33.5万票が勇気と希望、そして今後の政治活動に繋がる原動力となることを 表明し無駄にしないことを誓った。  2019年の参院選での浜田聡氏の得票は9千票程に過ぎなかった。あれから6年、浜田聡氏 に投じられた票は27倍に膨大した。永田町を駆けた浜田聡氏の活動への理解と賛同が可視 化された。次なるステージに歩を進める浜田聡氏の活動に期待と注目が集まっている。 (つづく、浜田聡元政策担当秘書 坂本雅彦)

政治•経済

2025.08.01

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