高市政権の外国人政策強化

10 月 21 日、高市早苗自⺠党総裁が総理大臣に任命された。我が国初となる女性首相の誕生だ。同日に発足した高市内閣は、自⺠党と日本維新の会の「連立政権」として報じられている。 厳密に言うと、「閣外協力」と「連立政権」はイコールとは言い難いが、20 日に高市総裁と維新の会の吉村洋文代表、藤田文武共同代表が署名した文書は「連立政権合意書」というタイトル。今後は、閣僚を内閣に送り込まない閣外協力であっても連立政権であるという理解が浸透していくだろう。 高市内閣では、女性閣僚の登用が注目されていた。蓋を開けてみると、片山さつき財務相と小野田紀美経済安保相の二人にとどまったが、松島みどり元法相が総理補佐官に起用された。 外国人政策担当の松島みどり総理補佐官 出典:首相官邸公式サイト 松島総理補佐官の担当は外国人政策。小野田経済安保相も「外国人との秩序ある共生社会推進担当」を兼ねている。高市首相の肝入り案件である「外国人対策」の司令塔を首相側近で固めてきたところに、高市首相の本気度が伺える。 自維の「連立政権合意書」も、外国人政策として、外国人に関する違法行為への対応と制度基盤を強化して「ルールや法律を守れない外国人に対しては厳しく対応する」ことを明記している。 その他にも、対日外国投資委員会(日本版 CFIUS)の創設や、外国人および外国資本による土地取得規制を強化する法案も、来年の通常国会での審議入りが目指されている。高市政権は、我が国における「外国人政策」の転換点となるだろう。 (北島純・社会構想大学院大学教授)
政治•経済

2025/10/23

最新記事

自民党総裁選に出馬が危ういのは誰?
自民党総裁選に出馬が危ういのは誰?

先の参院選で大敗した自民党。その責任を問うべく自民党内で石破降ろしが盛んに行わ れている。旧派閥の枠組みで各議員たちの動きが活発になる中、総裁選に前のめりになれ ない総裁候補もいる。 昨年の衆院選に続いて今年の参院選でも自民党は大敗を喫している。衆議院で56議席、 参議院で13議席を失った。つまり69人の自民党議員が国会から姿を消すことになった。残 された自民党議員が強い危機感を抱き石破総理の退陣を迫り総裁選の前倒しを求めること は至極当然のことである。 前回の総裁選には立候補者が9名にも上った。高市早苗氏、小林鷹之氏、林芳正氏、小 泉進次郎氏、上川陽子氏、加藤勝信氏、河野太郎氏、石破茂氏、茂木敏充氏である。総裁 選に立候補する各候補者はそれぞれ20名以上の推薦人となる国会議員を集める必要がある 。この1年で69名の所属国会議員を失った自民党内で前回の通り20名の推薦人を確保する のが困難になる候補者もいるだろう。 前回の総裁選で各候補者の推薦人になったものの引退した議員や落選した議員が多い候 補者を調べてみた。一番多いのが加藤勝信氏で推薦人20名中7名が議席を失った。次いで 高市早苗氏と小林鷹之氏が6名、一番少ないのが茂木敏充氏の2名であった。 加藤勝信氏は推薦人の三分の一を失ったのだからダメージは大きいはず。小泉氏と並ん でポスト石破氏の最右翼に挙げられる高市早苗氏も側近の石川昭政氏と高鳥修一氏が落選 している。各グループ間の綱引きは活発に行われるものの現実的に加藤勝信氏の立候補は 厳しい状況にあるといえよう。小泉進次郎氏も安泰ではない。推薦人の代表を務めた鷲尾 英一郎氏が落選し、選挙責任者の小倉将信氏も引退した。2トップが同時にいなくなった 状態にある。ダメージが小さいのは茂木敏充氏と林芳正氏だが両氏とも人望も人気も物足 りない。  各都道府県連の代表と党所属国会議員295人をあわせた342人のうち、172人以上が賛 成すれば前倒しが決まる。総裁選が前倒しで行われることはいったい誰得なのか。因果応 報とは言えど手を打つたびに泥沼に陥る可能性も否定できない。(紅 良作)

政治•経済

2025.09.02

5選を目指す鎌倉市長の足下で相次ぐ疑惑
5選を目指す鎌倉市長の足下で相次ぐ疑惑

古都鎌倉で4期16年の長期政権にある松尾崇市長は、8月27日に非 公式会見を開き、10月26日の市長選挙に立候補して5選目を目指す 、と表明した。  会見が非公式だったのは、統一教会の関係団体が開催したイベン トに松尾市長が参加していた、とSNSに投稿され、地元紙の神奈川 新聞が掲載。また巨額の費用を要する市庁舎移転計画に市民の理解 が得られず、市政が混乱していた為のようだ。  統一教会の地方自治体への工作は、東京都町田市や埼玉県所沢市 でも報告されており、鎌倉市に限ったことではないが、統一教会の 機関紙と目される世界日報社長と、松尾市長が笑顔で握手した写真 は、鎌倉市民に衝撃を与えた。  2ヶ月以上前のイベント参加が、今になって暴露されたことから 、市長支持派の間では市長が嵌められた、とする声もあがっている 。 確かに狙われる理由はあった。松尾市長は、無所属で市長選挙に初 出馬した際、利権政治の打破を訴え、若く清廉なイメージをアピー ルし、反自民の票を集めて当選した。ところが、当選後に市庁舎移 転計画をはじめ、複数の再開発計画を自民・公明市議の支持で立案 。反自民の市民からは、裏切り者と見られた。一方、自民党の支持 率が下落すると、4月の市議会議員選挙前に国民民主党の候補者と会 見、記念撮影をするなど、野党にも秋波を送っていた。  統一教会と関係が深い市議との間に政策協定を結んでいると、市議会 で追及されたこともある松尾市長の5選の鍵を握るのが、自民党神奈川 県連4区支部長の永田まりな県議とされる。彼女は、松尾市政の下で、鎌 倉市議に当選すると、県議に鞍替え、次の衆議院選挙に立候補すると見 られ、松尾市長とは、これまでは盟友の間柄とされてきた。  鎌倉市では、自治体首長が指定する介護保険指定事業者に投資詐 欺グループの関係者が指定された疑惑も浮上。松尾崇市長の5選へ の道は険しいものとなりつつある。

財産を半分失った蔦重が書物問屋株を手に入れた理由
財産を半分失った蔦重が書物問屋株を手に入れた理由

蔦重は幕府が主導した文武両道の奨励に乗って、同じく北尾重政の描く武者絵本のシリーズ3点 を次々とリリースした。松平定信が老中首座に就いた翌年の1789(寛政元)年には『歴代武将通 鑑』を、翌1790(寛政2)年には『絵本武将記録』を、1791(寛政3)年には『絵本武将略伝』を 、という具合である。 1点目の『歴代武将通鑑』の冒頭には、蔦重本人がしれっと「幼い子どもたちに、歴史を教える ための書物です」という真面目な文言を寄せている。同じ年に、文武奨励を盛大に茶化した『鸚 鵡返文武二道』をリリースした版元とは思えないが。 一方で蔦重は1791(寛政3)年に書物問屋の株を取得する。黄表紙・洒落本といった地本の先行 きが見込めぬ以上、堅めの出版物に手を広げるのは必然の判断である。 1794(寛政6)年の『略解千字文』、これは古代中国の漢字教育教材「千字文」に注釈や解説を 加え、読みやすく理解しやすいようにした入門書・注釈書である。1797(寛政9)年の『孝経平 仮名附(こうきょう ひらがなつき)』は中国の儒教経典『孝経(こうけい)』を、原文漢字に 平仮名を添えて読みやすくした注釈・活用の教材だった。 もっとも、株の取得の目的はこうした教材や医学書・漢籍など手堅い書物を出すためというよ り、江戸中心の地本問屋とは異なり京都・大阪とも安定的に繋がっている書物問屋の流通に関わ ることだった、というのが専門家の見立てである。(つづく)

連載•小説

2025.09.01

椎野礼仁のTANKA de 爺さん 第22回 家無き男たち 高田馬場編
椎野礼仁のTANKA de 爺さん 第22回 家無き男たち 高田馬場編

家無き男 高田馬場編 あの男も高田馬場は長いなあ 鉄腕アトムの壁にもたれて 朝は壁、昼はガードに陽を追って。眠りこけてる? 哲学してる? おお髪を切ったなあいつ、おっ髭は剃らずにそのまま おしゃれでしたか 東京は午後から雪の予報だぞ それを知るすべ持っているのか あの男こちらの顔を覚えたかチラ見してるとよく目が合った 貴種流離の果てかと思い巡らせば たちまち砕けるそのだみ声だ 高田馬場には常連のホームレスがいた。たまに二人になることもあったが、シマの掟があるのか、すぐ、その男一人になる。日の当たる場所を選んで、壁やガードレールに日がな一日、持たれている。本でも読まないで退屈じゃないのかと思うが、見たことはない。 歩くときは、右手に潰れた空き缶が詰め込まれたビニール袋。左手には、煮しめたような真っ黒な毛布を、いつも抱えていた。 それが、ここ1年程前、ぷっつりと姿が見えなくなった。河岸を買えたのか、行政の追い立てを食らったのか、あるいは・・・

連載•小説

2025.09.01

大阪ロマンボーイズ その11 俺らはロマンボーイズ
大阪ロマンボーイズ その11 俺らはロマンボーイズ

野球同好会に顔を出すのは徐々に試合のある日だけになっていった。試合にも強く、後 輩にも強い3回生の先輩たちが就職活動で忙しくなりチーム内に気の緩みが蔓延していた からだ。2回生の先輩たちは後輩に強く指導できるような人はいない。高野さんを筆頭に へたくそ過ぎて1回生にもへなちょこ扱いされる始末だった。唯一、藤井さんは主将でピ ッチャーを務める中心的な役割をこなしていたが、その他の先輩たちは案山子以下の存在 と言っても言い過ぎとは思わないレベルであった。うるさい先輩がいなくなると容易に箍 が外れる俺だから興味は野球ではなく音楽や酒や女性に流されるようになっていた。 当時、西宮から引っ越して神戸市の灘区の六甲に住んでいた。阪急六甲駅から徒歩で5 分ぐらい南に下った宮前商店街の入り口にある雑居ビルの中にある〝春待ち疲れバンド″と いう店に通うようになった。店の名前にはバンドとあるが実際には小さなバーである。そ こで10歳以上年上の藤原さんと懇意となった。藤原さんはそのバーで、アコースティック ギターで弾き語るスタイルのライブを毎週のように行っていた。藤原さんは内装の職人ら しいのだが仕事よりもパチンコの方が忙しそうだった。パチンコの次は音楽である。奥さ んもいるのだが、パチンコや音楽、酒よりもプライオリティーが下だったようだ。 藤原さんとは60年代後半から70年代前半のフォークブームの頃の歌手が好きだという俺 との共通点があった。藤原さんは大のNSPファンだったが、俺はNSPのことは良く知 らない。俺が好きなのは加川良や泉谷しげるや佐渡山豊や高田渡だった。俺は中高生の頃 に長渕剛が好きだったのだが、その長渕剛が加川良や泉谷しげるのファンだったと知って 俺も聞くようになったのだ。俺と藤原さんはフォークという括りでは音楽性は一致してい る。そして、アコギでの弾き語りを志向するのも同じだ。いつしか、俺と藤原さんは〝大 阪ロマンボーイズ″というコンビを組んでいた。神戸に住みながら大阪ロマンボーイズはお かしいと藤原さんに抗議したのだが、藤原さんが大阪住まいだったことから藤原さんは頑 として譲らなかった。 「藤原さん、大阪ロマンボーズっておかしいですよ、俺は神戸に住んでいるんだし」 「何がおかしいんや、神戸は大阪に含まれているんやぞ」 「んなあほな、神戸は兵庫県ですよ、俺は大阪に住んだことはないですし」 「じゃあ、解散するか?」 「解散って、まだ一度もステージに立ってないし、一曲も作ってませんよ」 「そっか、じゃあ、一曲作って一回ステージに立ってから解散しようぜ」 「えらく短命ですね」 「解散したら阪神ロマンボーイズを組めば良いんだよ」 「なるほど、そういうことですか」 そんなわけはない。だったら最初から阪神ロマンボーズでいいじゃないか。まったく理解 も同意も出来ないが藤原さんが年長者だという理由だけでその提案を承諾しておいた。  この大阪ロマンボーイズは大した活動をしていなかったのだが、某楽器メーカーが主催 する音楽コンテストに参加した。理由は簡単である。コンテストに出場する予定者はその 楽器メーカーが運営するスタジオの利用料が無料になるというので出場予定だと嘯いて無 料でスタジオを利用した。スタジオ利用時にはスタジオを利用して収録したデモテープを 提出しないといけないルールになっている。しようがないから「ブギウギトゥナイト」と いう世にも恥ずかしい曲を適当に収録して提出して帰った。歌詞にイエイエイとかウォウ ウォウを多用した情けない曲だ。曲先で作曲し鼻歌の延長上で作詞したのだからいい加減 この上ない。後にこの曲によって更に恥ずかしい思いをさせられることとなる。(続く、 坂本雅彦)

連載•小説

2025.08.31

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