社会•事件 追跡スクープ 39年前に取り逃がした男をついに逮捕 その2
追跡スクープ 39年前に取り逃がした男をついに逮捕 その2
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2024/12/17

 ところで、人気アウトロー系YouTuberの懲役太郎(58)が、「デイリー新潮」の中で、後藤に会っていたと語っているが、その時期というのが、事件が起きてから3年ほど経過した頃のことだ。
 その頃、懲役氏は愛知県にあった山口組とは別組織の3次団体で組長の運転手をしていたという。愛知県というのがこのレポートのミソだ。
 当時弘田組系菱心会の竹内照明組員(現:三代目弘道会会長、六代目山口組若頭補佐)は、竹中組長暗殺の報復部隊を結成し、そのリーダーに就いた。

 まだ20代半ばの年頃時代だ。報復部隊は、まず後藤組若頭の知人を拉致し、津市のホテルに監禁した。その身柄を餌に、若頭本人を呼び出して拳銃を突き付け、黒いセドリックに押し込んで拉致する。
 「後藤組の若頭に後藤の居場所を吐かせるべく拷問を繰り返したが、当人は口を割らなかったという。後藤は、竹中四代目が射殺されてから1ヵ月も経たない1985年2月23日、山口組本部の岸本才三組長宛に詫び状を郵送しています。≪今般、私達の犯したことで山口組に多大な迷惑をかけたことをお詫び申し上げます。また、世間に不安を巻き起こしたことを反省し、後藤組一同カタギになります≫。

 警察にも解散届を提出して、若頭らの開放と引き換えに自首するはずだったのですが、そのまま逃走、行方をくらました
のです」(業界事情通)。
 その後、2年ほどは様々な噂が流れたが、どこかで捕まって殺されたとか、死んだという噂が出た時点から、それ以上の話は湧き出なくなり、山一抗争も忘れ去れていく。
 報道によると「今後、事件について(後藤から)任意で事情を聞くことはできる」(9月3日付読売新聞)そうだが、竹中射殺事件の担当である大阪府警や警察庁にとってはいまさら何を聴取する?という心境だろう。

 後藤の突然の逮捕劇に、一番驚いているのは、弘道会関係者かもしれない。懲役氏の話が事実なら、追尾していた後藤栄治は愛知県内にいたのだから。

 「灯台下暗し」である。

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