政治•経済 社会•事件 沖縄県民の憲法13条が本土の13条の犠牲に 辺野古抗議行動デマ中傷の悲痛 『社外取締役島耕作』のお詫びは誰に対するものなのか 弁護士 内田雅敏 5回
沖縄県民の憲法13条が本土の13条の犠牲に 辺野古抗議行動デマ中傷の悲痛 『社外取締役島耕作』のお詫びは誰に対するものなのか 弁護士 内田雅敏 5回
政治•経済 社会•事件

2025/01/01

沖縄県民の求めるささやかな幸福追求の権利

 辺野古での抗議行動は憲法13条、幸福追求の権利に基づくものだ。沖縄県民が求める幸福とは何か。それは耳をつんざくような爆音のない静かな夜、空から危険物の落下のない安全な生活、米軍・軍属による性被害のない安心できる社会等々といったささやかなものに過ぎない。国土の0・6%の狭い土地に在日米軍施設の70%が集中し、県民は米軍基地の重圧に呻吟している沖縄では、このささやかな権
利が保障されていない。憲法番外地である。

 そもそも権利の保障はそれが保障されない時代があったことの反映である。例えば表現の自由の保障は、表現の自由が保障されない時代
があったからだ。憲法は種々の権利を保障しているが、その根幹をなすのは13条「幸福追求の権利」だ。この国ではかつて、個人は天皇の為、国家の為にあるとして、個々人の幸福を求めてはいけないという時代があった。そんな昔の話ではない。たかだか80年前の話だ。その反省から生まれたのが憲法13条、幸福追求の権利だ。ヤマト(本土)は沖縄に米軍基地を押し付け、平穏な生活をしたいという沖縄県民のささやかな願いを踏みにじっている。ヤマトの13条のために沖縄県民の13条が犠牲にされていることに筆者を含むヤマトの人々がどれだけ自覚的だろうか。

TIMES

政治•経済 社会•事件