好評連載『俺の名前は三遊亭はらしょう』vol.36『着物忘れる』
連載•小説
2025/08/13
「着物を忘れたらどうするんですか?」
そう聞かれたことは一度もない。それは、落語家が着物を忘れるなど有り得ないと思って
いるからだろう。事実、俺もそれは有り得ないと思っていた。なぜなら、着物というもの
は、足袋、手拭い、帯などと違い、重量と幅がある。鞄がいつもより軽くなっている時点
で違和感しかなく、すぐに気がつく。最もその前に、風呂敷に包まれている段階で、いつ
もより軽く、薄くなっている為、家を出るまでに確認のチャンスが二回もある。
もし忘れるなら、場所は無重力空間でしかない。俺が宇宙に住んで、火星で落語をするの
であれば気づかないだろう。そう、着物を忘れるのは宇宙にいない限り絶対ない!
そんな俺だが、先日、忘れた。えー!宇宙?いや、新宿だ。出演者は俺一人、誰からも着
物を借りられない。当たって砕けるしかない。
俺は私服姿のまま腰に帯を巻き、足袋を履いた。高座へあがったら、客は宇宙人を見るよ
うな目になった。
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