連載•小説 春画から始まった?歌麿の「錦絵」キャリア
春画から始まった?歌麿の「錦絵」キャリア
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2025/09/29

狂歌絵本の挿絵で名を上げた歌麿は、同時に錦絵のジャンルに手を伸ばす。早期に手掛けたも
のの一つに春画がある。
1788(天明8)年に「歌まくら」と銘打った春画12枚をリリース。亭主持ちの若い女、仲のよい
中年夫婦、迫る老人に抵抗する若い女性など様々なシチュエーションを設けている。中には中
年のオランダ人の男女や、複数の河童に組み伏せられる海女など妄想たくましい図柄もあって
、現在も世界的な評価を得ている傑作である。
大河『べらぼう』劇中で、歌麿はきよという耳の不自由な女性と所帯を持った。実際に「理清
信女」あるいは「おりよ」という名の妻ないし母親がいたことは分かっているが、『歌まくら
』リリ-スは2人が同居していたと思しき時期とほぼ同じ。劇中できよが春画を描く契機となっ
たというストーリーも説得力があった。
しかし、きよとの新婚生活は1年と続かなかったようだ。1790(寛政2)年頃にきよが死去。死
因は不明である。後に歌麿も葬られる浅草の専光寺(現在は世田谷区に移転)に墓が残ってい
る。蔦重が財産を半分没収された翌1791(寛政3)年、歌麿は蔦重のもとでは作品を一つも残し
ていない。(つづく)

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