連載•小説 財産を半分失った蔦重が書物問屋株を手に入れた理由
財産を半分失った蔦重が書物問屋株を手に入れた理由
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2025/09/01

蔦重は幕府が主導した文武両道の奨励に乗って、同じく北尾重政の描く武者絵本のシリーズ3点
を次々とリリースした。松平定信が老中首座に就いた翌年の1789(寛政元)年には『歴代武将通
鑑』を、翌1790(寛政2)年には『絵本武将記録』を、1791(寛政3)年には『絵本武将略伝』を
、という具合である。
1点目の『歴代武将通鑑』の冒頭には、蔦重本人がしれっと「幼い子どもたちに、歴史を教える
ための書物です」という真面目な文言を寄せている。同じ年に、文武奨励を盛大に茶化した『鸚
鵡返文武二道』をリリースした版元とは思えないが。
一方で蔦重は1791(寛政3)年に書物問屋の株を取得する。黄表紙・洒落本といった地本の先行
きが見込めぬ以上、堅めの出版物に手を広げるのは必然の判断である。
1794(寛政6)年の『略解千字文』、これは古代中国の漢字教育教材「千字文」に注釈や解説を
加え、読みやすく理解しやすいようにした入門書・注釈書である。1797(寛政9)年の『孝経平
仮名附(こうきょう ひらがなつき)』は中国の儒教経典『孝経(こうけい)』を、原文漢字に
平仮名を添えて読みやすくした注釈・活用の教材だった。
もっとも、株の取得の目的はこうした教材や医学書・漢籍など手堅い書物を出すためというよ
り、江戸中心の地本問屋とは異なり京都・大阪とも安定的に繋がっている書物問屋の流通に関わ
ることだった、というのが専門家の見立てである。(つづく)

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