連載•小説 鱗形屋を差し置いて大量出版、大躍進した蔦重・耕書堂
鱗形屋を差し置いて大量出版、大躍進した蔦重・耕書堂
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2025/03/27

 蔦重・耕書堂の大躍進の原動力となった「黄表紙」とは、鱗形屋孫兵衛が手掛けた1775(安永4)年の大ヒット作、恋川春町『金々先生栄花夢が新たに開拓したジャンル。草双紙と呼ばれる子供向けの絵入り・かな混じりの文で書かれた絵本を、より大人向けに風刺や滑稽な内容を加えた書物だった。

 

1780(安永9)年、蔦重はその黄表紙8点を含む15点の出版物を一気に売り出したのだ。注目すべきはその作者の面々の中に朋誠堂喜三二(ほうせいどう・きさんじ)、北尾重政という2人の大家が名を連ねていたことである。

 

鱗形屋は先のパクり騒動なども重なって経営が傾き、この年出版点数がついにゼロとなっていた。鱗形屋を支えていた喜三二春町の二本柱はフリーとなった。このうち春町は個人的な事情で休筆していたが、喜三治は当然ながら他の版元の争奪戦が繰り広げられたと思われる。

 

鶴屋、西村屋といった大手老舗を差し置いて蔦重が喜三二を「落とした」理由については記録が残っていないが、蔦重が得意の接待攻勢で篭絡したか、鱗形屋の下にいた時代から何らかの繋がりがあって、喜三二が蔦重に「面白さ」を見出していたのかもしれない。この年の喜三二は数えで46歳、蔦重は30歳。(つづく)

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