2025/03/24
耕書堂の屋台骨を支えたもうひとつの基盤は往来物と呼ばれる書物。往来物とは、子どもが手習いで用いる教科書を指し、書物問屋ではなく、地本屋の守備範囲だった。もともと平安時代、行ったり来たりの往来書簡の形を取った手紙の模範文例集(消息集)が、転じて教科書として使われるようになったのが語源という。
新しい読者が絶えず誕生する子どもの教科書は、確かに手堅いビジネスである。18世紀の終わりごろから都市部、そして地方にも寺子屋が急速に増えてきたことで、まとまった数の需要が発生した。
科目はというと、まず①学問・教養系なら「手習い往来(書道・漢字の学習)」、「四書五経往来(儒学・中国古典)」 、「算術往来(和算・そろばん)」、「地理往来(日本や世界の地理)」など現在に近いものや、名所往来(社会・観光ガイド)、「植物往来(植物の知識)」、「薬種往来(薬草・漢方)」などもあった。
エンタメや芸事に当たるものも、「謡曲往来」、「三味線往来」、「舞踊往来」、「詩歌往来」など多岐にわたり、職業・実務のビジネス書は「商売往来」、「農業往来」、「職人往来」など。さらには「料理往来」、礼法往来(礼儀作法・手紙の書き方)、「武道往来(剣術・弓術の指南)」まであった。
1780(安永9)年から往来物の出版を手掛けた蔦重は、それからほぼ毎年、寛政期にいたるまで新しい往来物を出し続けているが、実はこの1780年は、兄貴分の鱗形屋が失墜したのと同時に、浄瑠璃と往来物で足元を固めた蔦重のビジネスが大躍進した年だった。そのけん引役は「黄表紙」と「洒落本」である。(つづく)
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