2025/01/23
他所に客を取られて窮地にあった吉原を「何とかする」ために、蔦重(蔦屋重三郎)は奔走する。
20代前半の蔦重が最初に手掛けたビジネスは貸本屋だった。火事の多かった江戸では、身近な物品でもすぐに焼失するリスクがあるので自費では購入せず。損料(そんりょう)屋と呼ばれたレンタル店で鍋釜や晴れ着などを借りるのが一般的だった。
書籍もその例外ではなかった。もっとも冊子を並べた店舗に客を呼ぶのではなく、注文を受けた書籍数冊を、店側が顧客宅に持参して貸し出すスタイルだったという。
18世紀後半当時の江戸住人の識字率について明確な数字は残されていないようだが、その約90年後、幕末を迎える頃は男性の40~50%、女性15%が読み書き算盤が出来た、と当時の西欧から見ても引けを取らない水準だったとの研究もある。
蔦重の貸し出し先の多くは、言うまでもなく吉原の住人――妓楼の主や女将、そして遊女たちだった。高位の武士や裕福な商人も多かった吉原では、その相手をする遊女たちにも芸事のみならず相応の教養が求められた。
御用聞きとして彼・彼女たちと親しくしていくうちに、妓楼ごとの遊女の名前と顏、性格から趣味嗜好、遊女どうしの仲の良しあしまで自然と判ってくるし、その落籍、帰郷や新入りの情報も手に入るようになる。貸し借りや頼み事を通じて深く関わった相手も。何より、蔦重本人の人となりは吉原中に知られることになったろう。
知らず知らずのうちに、蔦重は吉原に根を張る強固なネットワークを築いていたのだ。これが後々のビジネスに大きく役立つことになる。(つづく)
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