2025/03/13
吉原の遊女には「年季十年、27歳まで」という原則があって、それを過ぎたらお役御免という原則があった。遊女の「身請け」は「落籍」とも言い、その年季が開ける前に遊女の代わりに借金を清算し、身柄を引き取ることである。が、身請けする男もいない遊女は、生活も厳しいうえに新たな借金を抱えることも多く、年季を過ぎても残って働いたり、他の岡場所に流れたという。
遊女が客の気を引くために、『べらぼう』劇中のように、自分の二の腕に客の名と「命」のひと文字を針で掘り入れる「堀入」は実際によく使われていたという。新しい馴染み客ができたらそれをお灸で焼き消して新たに堀り入れた。昭和のヤンキーの定番「~命」のルーツだろうか。
他にも男女で血判を押す「誓紙」や髪を切る「断髪」も。聞くだけで痛そうなのが、爪をはぐ「放爪」、腕や腿を刃先で貫く「貫肉」。男の前で指を切り落として男に与える「切指」もあった。剃刀を指にあて、上から鉄製の急須などで押し切る。さすがに客が止めることが多かった。
本気の恋に落ちた遊女が、年季を過ぎぬうちにしばしばその男――間夫(まぶ)と駆け落ちを試みた。これを足抜と言う。が、吉原の四方は塀と、その向こうの‶お歯黒ドブ″に囲まれており、足抜けするにはそこを乗り越えるか、男装して大門を抜けるぐらいしか手はない。
楼主にとっては、逃亡を許せば他の遊女に示しがつかぬ。幕府も「入鉄砲に出女」を厳しく監視していて、往来切手がなければ国の外には出られない。二重三重の厳しい目が光っていた。成功例はほとんどなかったという。(つづく)
✳︎主な参考文献;安藤優一郎『江戸の色町 遊女と吉原の歴史』(株)カンゼン
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