2025/03/20
耕書堂を立ち上げた蔦屋重三郎は、「江戸のメディア王」という派手なイメージとは裏腹に手堅い手法でビジネスを進めていった。が、NHK大河『べらぼう』では、五代目瀬川を送り出そうと妓楼や遊女、パトロンらが金を出し合い、大量に刷った豪華本『青楼美人合姿鏡』が「売れずに困った」としている。
『合姿鏡』は確かに浮世絵史に残る傑作である。が、実は出資の有無や金額によって遊女の人選や扱いにばらつきがある。それゆえ、『吉原細見』のように市中では販売しない、買い取りの限定版だったようだ。
蔦重が浄瑠璃に目をつけたのは、その三味線と語りを江戸町民がテキストを買って学ぶというピアノのレッスンのような手堅い需要があったためだ。
室町時代に琵琶の語りで始まった浄瑠璃は、江戸初期に三味線・人形と結びつき人形浄瑠璃に。大坂・道頓堀「竹本座」では「義太夫節」の竹本義太夫と近松門左衛門がタッグを組み、数々の名作を生み出している。
富本節は義太夫節、豊竹節と並ぶ浄瑠璃のいち流派。1748(寛延元)年に初代富本豊前掾(ぶぜんのじょう)が始めた。繊細かつ上品に語り掛けるような節回しが特徴で、その「馬づら」と美声で知られる二代目富本豊前太夫の登場で隆盛期へ。若者から中年の武家や良家の子女に受け、特に女性の人気が高かった。
蔦重はその富本豊前太夫と提携して富本節の正本—―浄瑠璃の詞章に節付を施して出版された冊子—―と稽古本を一手に引き受けることに成功。江戸っ子が流行の先端を身に付けるテキストとして好調な売り上げを得たという。(つづく)
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