政治•経済 「聖書と経営」を実践した 「ライオン」 創業者 小林富次郎の実像 「聖書を抱えた経営者」の広告戦略と社会貢献活動 第4回 早川 和廣●ジャーナリスト
「聖書と経営」を実践した 「ライオン」 創業者 小林富次郎の実像 「聖書を抱えた経営者」の広告戦略と社会貢献活動 第4回 早川 和廣●ジャーナリスト
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2025/01/19

(写真 ライオンHPより引用 牛乳石鹸の最初期の新聞広告)

「広告王」と称された創業者

 小林富次郎は酒造業を営む小林家の次男として、埼玉県与野町(現在のさいたま市)に生まれた。4歳のときに、新潟の柿崎・直海浜に住む祖父母に預けられて、16歳まで育った。彼が新潟を「ふるさと」と称する由縁である。その後、生家にもどって家業を手伝った彼は、やがて石鹸、マッチの軸木などいくつもの事業を展開する中、何度も窮地に陥った後、1891年(明治24年)「小林富次郎商店」を開店した。

 

 2年後には石鹸製造販売、5年後に歯磨き粉の製造販売を始めて、大成功を収めた。その経営の原点には、キリスト教との出会いによる社会奉仕活動があったことから「聖書を抱えた経営者」などと称されたわけである。日本の高度成長とともに、日本的経営が脚光を浴びた際、その良さをすべて明治期から実践してきたのが、ライオン創業者であった。創業時のライオンが、いかに独創的であったかは、次のようなチャレンジからもわかるはずだ。例えば、歯磨きの米国輸出も、近年流行ったメセナ(慈善事業)も、近江商人の「三方よし」なども、みな明治期に実践している。そんな典型的な例が商品を慈善事業に役立てる「慈善券付きライオン歯磨」の発売であろう。マーケティング的には、ベルマーク運動の先駆けのようなものだ。「広告王」と称された小林富次郎だけに、なかなかのアイデアマンで、日本初のCMソング、大相撲無料招待キャンペーンの実施など、様々なことを通して「広告は商品を育てる肥料である」ことを実践した。「愛の精神の実践」は今日に至る同社のDNAとなっているとのことだが、「ライオン」の親しみやすさ、事業を通して社会に奉仕する社会貢献活動の基礎となっている。

 創業者の一連のアイデア及び事業は、現在の広告代理店「電通」の広告戦略を一社で展開している、そんな印象さえある。

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