政治•経済 「聖書と経営」を実践した 「ライオン」 創業者 小林富次郎の実像 「聖書を抱えた経営者」の広告戦略と社会貢献活動 第3回 早川 和廣●ジャーナリスト
「聖書と経営」を実践した 「ライオン」 創業者 小林富次郎の実像 「聖書を抱えた経営者」の広告戦略と社会貢献活動 第3回 早川 和廣●ジャーナリスト
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2025/01/18

(写真 ライオンHPより引用 牛乳石鹸の商標写真)

創業者の「ふるさと」柿崎

 「ライオン」の本社ロビーには、創業者を紹介するコーナーが設けられている。創業者の顕彰は、本来、企業「ライオン」の仕事だが、今回『小林富次郎伝』の翻訳・翻案を進めるのは、ライオンとの個人的な“縁”との思いからである。その意味では筆者なりの創業者へのオマージュ並びにライオンへのエールのようなものである。

 そのライオンの創業者が「ふるさと」と語っていたのが、新潟県である。ところが、新潟出身の著名人を紹介した『新潟県が生んだ100人』(ふるさと人物小事典)など、一連の新潟関連書籍には、小林富次郎の名前はない。2016年に出版された小松隆二著『新潟が生んだ七人の思想家たち』(論創社)に、相馬御風、小川未明、大杉栄らとともに取り上げられている程度である。なぜ、新潟を「ふるさと」と称するライオン創業者を、新潟県並びに新潟のメディアが取り上げようとしないのか、いささか不思議な印象を受けたものだ。そんなモヤモヤがあって『小林富次郎伝』を手に取ったわけである。伝記は葬儀の様子が詳しく描かれている一方、遺体が火葬場に運ばれ葬式を終えた後、遺骨がどこに運ばれ、埋葬されたのかについては記されていない。以前、ライオン広報部(コーポレートコミュニケーションセンター)に問い合わせた際にも、創業者がどこに埋葬されたのか、いわゆるお墓については「把握していない」との回答があった。

 創業者はクリスチャンであるが、小林家の菩提寺・柿崎の光徳寺には、死の前年に建立された「堅忍遺慶の碑」がある。「堅忍遺慶」は耐え忍んだ、その後に慶(よろこ)びが遺(のこ)るとの意味であり、創業者の人生を象徴する言葉とのことである。浄土真宗門徒として生まれ、クリスチャンとして葬儀を行った創業者が、死の一年前、小林家の菩提寺に、自らの人生を象徴する言葉を刻んだ石碑を建てたのは、どのような思いであったのか。光徳寺の篠原真住職の話では、小林家の先祖の墓には、創業者の遺骨は埋葬されていないという。とはいえ、毎年、創業者の命日にはライオン幹部がお墓参りにやって来るとのことである。

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