連載•小説
映画『ソーゾク』は〝女性の映画〟、監督の藤村磨実也は試写会の舞台挨拶でそう言ったが、その通りで劇中出てくる女性はみんな威勢がいいうえに自信にあふれている。 〝相続〟は女性が主役、ということをイヤというほど知らされる。これは藤村の目論見通りであろう。現実問題、そこここで起きている相続問題にしても99.9%は女性が対処し、結局はなんとかしているのであろう。私たちはそこで女性の持つ〝底力〟を思い知らされるのだ。 翻って男性はといえば、これは見事に情けない。日頃はやれ主人だ、一家の主だなどと威張ってはいても相続問題ともなると、いるだけで迷惑、邪魔だから出ていっていて、てなもんである。それはまるで産婆さん(古いか 汗)を呼んで、いざ分娩という時と同じなのである。男はいるだけで迷惑、何もできない、させられない、手も口も出すな、これと同じなのある。強い女性とでくの坊の男性、この構図を『ソーゾク』は巧みに描いている。 出てくる男性陣は、長女役の大塚寧々や大塚の義姉(ぎし)を演じた中山忍、大塚の妹役である有森也実、同じく義妹(ぎまい)役の真木恵未(まき えみ)に比べてあまりにもなさけなく憐れみさえ感じるくらいなのだ。覇気も元気もない。勘違いしてもらっては困るのだが、これは男性俳優陣の演技がそうだといっているのではない。相続問題において男っていうのはあまりにそのレーゾンデートルがない、ということいっているのだ。映画に出てくる男性俳優陣はそこのところを実にうまくかつ巧みに演じている。役者としてはすこぶるうまい。抜群の演技力といっても差し支えない。それほどなさけない男であり夫であり父親を見事に演じ切っている。 特に次男役のたつなりは、観ているこちらが歯がゆくなるくらいなさけない。〝あんた、夫であり、父親だろ、しっかりしろよ〟と肩のひとつでも張り倒したくなるのだ。この役者誰だろう、観た人はそう思うこと必至である。たつなり、っていわれても、誰だっけ?である。それもそのはず、たつなり、これは初の映画出演なのだ。 エグゼブティブプロデューサーの関顕嗣がいう。 「たつなりはお笑い芸人なんです。これが映画初出演だけれど藤村監督が出演に踏み切った。あたりでしたね」。 大塚の夫役を演じた川瀬良太もこれまた情けない男を演じて印象を残す。大塚と一緒にお昼の素麺を食べるシーンは出色。頼りない男はかくある、というところを見せつける。さすがはベテランである。 この映画撮影はごくごく短期間だったという。 「諸般の事情で撮影は短い撮影でしたが、その分短期集中というか、濃縮された映画になったと思います」(前出 関)。 その通り。出演者の濃い演技が醸し出すいい映画になった。どうですか?観たくなってきたでしょう。公開はもうじきです。(敬称略 つづく)
2025.10.02
蔦重が重いペナルティを課された1791(寛政3)年を含む約1年の間、歌麿は江戸ではなく下野 国(現栃木県)にいた、という説がある。 これには理由がある。前に述べた歌麿の出世作『画本虫撰』の中で、歌麿が挿絵を添えた狂歌 の詠み手に「通用亭徳成」という名が見える。これは下野国(現栃木県)足利の豪商「釜喜」の 四代目善野喜兵衛の狂名で、歌麿が挿絵を添えた狂歌の詠み手の中で最も多い狂名だという。 喜兵衛は日光例幣使街道(日光街道とは別。中山道から分岐し足利・佐野経由で日光へ向かう) や渡良瀬川の水運を活用し、質屋と醤油問屋を中心に財を成した豪商。下町(現栃木市室町)に 居を構え、上町(現栃木市方町)にも店舗を持ち、飛脚、書店、薬、お茶、金融業など多彩な 事業を営んでいた。 歌麿よりもさらに10歳程度年下だったという善兵衛は同時に、大田南畝らの狂歌グループに属 していた。当然、歌麿とも親交があったと思われる。(つづく)
2025.10.02
『ソーゾク』に出てくる役者は大塚(寧々)だけでなく、みんな、いい。肩ひじひとつ張ることなく文字通り自然体で演じている。まるで甲子園に出て伽球を楽しむ高校球児みたいにキャメラの前での演技を楽しんでいるように見えた。役者をそうさせたのはやはり監督の力が大きいはずだ。 この映画の監督は藤村磨実也(ふじむら まみや)である。 エグゼブティブプロデューサーの関顕嗣はいう。 「藤村さんはもともとは脚本家なんです、それで子映画が監督デビュー作なんです。6年にもわたって構想を練って今回仕上げました。いい作品に仕上がりましたよ。監督デビューでこれだけの作品を送り込んできたというのはなかなかできたものじゃない」。 監督デビューでこのクオリティーというのは、これからに期待が寄せられる。藤村は昭和38年生まれだから目下62歳。言ってみれば遅咲きということになるのだろうが、これからについては確かに期待できるだろう。 藤村は試写会で大塚と共に舞台挨拶をした。その時こんなことを話していた。 「相続は決して一部の人達の特別な問題ではなく、本当に誰の身の上にも降りかかってくる〝大問題〟なんです。このことを肝に銘じながら映画をご覧になってください。 もう一つ私はこの映画を撮っていて痛感したのです。相続問題は女性の問題なのだ、ということです。昨今ジェンダーについてあれこれ言われますが、相続委問題は誰がなんといおうと主役は女性です。女と女の真剣勝負のステージなんです。ジェンダーなんか関係ない、相続問題において男の入り込む余地はございません。ああ、情けない(笑)。けれどこれは例外などありません。主役は女性。男はわき役、端役なんです。この女性間の葛藤を描いてみました」。 映画を観ると藤村のこのコメントには大きく頷ける。そして男性であったならだれもがこう考えるのだ。 『相続問題が勃発したとき、オレもこうなっちまうのかなあ、トホホ…』。 藤村は登場する各女性をきめ細やかにそれぞれの個性をとらえてうまく描いているのだ。相続問題の主役は女性、男性は立つ瀬なし。これ、極めてシリアスな現実と受け止めるべき。まかり間違ってもこの女性が主役の問題に口をはさむべからず。この映画の沈黙の〝教訓〟である。(敬称略 つづく)
藤原さんはリハーサルに遅刻することも多い。二日酔いで遅れることも多いがそうでない 場合もある。ライブ中のMCでこんなこともあった。 「藤原さん、今日はなんで遅刻したんっすか」 「いや、色々と取り込んでて」 「取り込んでてって何ですか?こっちはお仕事でっせ」 「彼女と一緒やったから」 「彼女って藤原さんには奥さんがいるやんか」 「いやいや、色んな大人の事情があんねん」 「あかんやん、ちなみに彼女の名前聞いていい?」 「コンチっていうねん」 「なんやそれ、その東京ラブストーリーのカンチみたいなノリがダッサ。それでどこにお ったんすか」 「駅前におったよ」 「近くにいたんやんか、何でリハに来なかったのよ、すぐそばやのに。駅前のどこにいた んすか」 「タイヨーホール」 「パチンコ屋やんか!」 「そやで」 「コンチも一緒にか」 「そやで、コンチネンタル」 「それ、パチスロ機やん」 「そやで、彼女やねん」 こんな調子である。スベりたくなくてもスベる。電車の中で吐いてしもた話や流し忘れた 大便と出会った時の話、カラスに追いかけられた話や自転車でデートに行った話、花火大 会で〇玉やぁ~と叫んでしまった話、ローソンで刈上げ君を買おうとした話、テレビのリ モコンを冷蔵庫の中から発見した話、好きだった女の子の前でおぼれたふりをして人工呼 吸を狙い担任にバレた話などマヌケな話ばかりだ。人気が出るわけがない。その素養もな い。 (つづく、坂本雅彦)
2025.10.01
ソフトバンクが日本ハムとのデッドヒートを制し、見事リーグVを達成した。小久保監 督が成した、新任から2年連続Vは球団史上初の事となる。 佐野氏は「終わってみればレギュラーシーズンの強さは1枚も2枚も上だった」とうな る。 特に秀逸だったのが投手陣。 「有原、上沢、モイネロ、大関と10勝以上が4人。杉山が頑張って抑えとして活躍して くれたの良かった。チーム失点が少なかったのが強さを象徴していると思います」 ソフトバンクの強さを佐野氏は「野手もケガや主力の不調が多かった中でしっかりやり くりができていた。交流戦の優勝後はスキのない戦い方でまさに横綱相撲でした」と締め くくった。
2025.10.01
唯一、当選した『関西パビリオン』は予想以上に面白かった。 俺も母も、先ほどまでの疲れを忘れ大いに盛り上がった。 アトラクション的なものも多く、体感型の恐竜発掘ゲームは、ボクラは少年探偵団♪のよ うな気分になった。(インディジョーンズほど危険ではない所が良い) そんな中、徳島コーナーで、スタッフのおじさんが阿波踊りをしている姿があった。 「さぁ~一緒に踊りましょう」 軽快なリズムの中、おじさんは満面の笑顔なのだが、誰も参加せずに素通りされている。 「さぁ~さぁ~」 この近付きにくさは、もしかしたら、客はおじさんがスタッフではなく、勝手に阿波踊り を始めた人だと勘違いしてるのではないか? しかし、そんな心配をよそに 「ウェ~い」 と突然参加した客がいた。俺の母である。母は日舞をやっているため踊りがうまい。 もはや、おじさんより目立っている。 間もなく閉園時間、今回の万博最大の見所は『関西パビリオン』の母の阿波踊りだった。
2025.10.01
さて、『ソーゾク』である。 前回にて筆者は試写会にて本作を観たとお伝えした。その際に、監督の藤村磨実也(ふじむら まみや)と主演の大塚寧々が舞台挨拶をした。これがまず出色だった。この舞台挨拶、実は撮影禁止だったのだが、その理由がすこぶる粋だった。大塚はあえてスッピンで舞台挨拶に臨むから撮影禁止にする、というのだ。〝どーして?〟といぶかしく思ったが、その理由は映画を観てわかった。映画を観るとわかるのだが大塚は映画の中でもほぼスッピンのように見える。そういう役なのだ。どこにでもいるオバサン(失礼!)という役柄なのである。その役柄をまあ実にうまく、またのびのびと演じている。というよりも演じているようには見えずなんといえばいいのかそれは大塚の素としか見えないのだ。この大塚の演技がまことにいい。どこにでもいるオバサンを実に生き生きと演じている。そこにはなんの衒い(てらい)もブレもない。大塚の出演作品をすべて見ているわけじゃないが、この演技は彼女のキャリアの中でもナンバーワン、ツーになるものじゃないか、と勝手に思ってみたりする。こんなにうまい役者さんだったんだ、と目を瞠る(みはる)思いがした。そしてやっと気づかされた。〝ああそうか、だから大塚はあえて舞台挨拶でもスッピンだったんだ〟、と。映画を観て妙に納得させられた。それだけに大塚のこの映画に対する意気込みというか思い入れを感じた。そこに気づいて思わず〝やるね〟と唸った。 そこには役者のプライドがあった。舞台挨拶で大塚は映画の中のある場面のことを楽しそうに話していた。妹役の有森也実とのやりとりのことだった。それは思わず笑ってしなうようなコミカルな内容なのだが、これから映画を観る読者に対してはそのことは伏せておこう。 そんな大塚の演技を観るだけでもこの映画を観る価値はある。 エグゼグティブプロデューサーの関顕嗣はいう。 「大塚さん、この映画に対する思い入れはそりゃ強いものがありましたよ。こちらが気圧されるくらいでした」。 なるほど、やっぱりね。(敬称略 つづく)。
2025.09.30
試写会で観て、これはウケると確信した。10月17日公開予定の『ソーゾク』という映画である。ソーゾク、つまり相続のことである。相続がテーマの映画なのである。相続などというと、たいがいの人は、〝オレ(もしくは、わたし)とは関係ないことだ〟と思われることだろう。筆者も観るまではそう思っていた。〝相続問題と言ったって、そりゃ莫大な財産を持っている者の専売特許だろ。犬神家の一族じゃあるまいし(※これ、伏線。映画の中にこのフレーズが出てくる。ん?と思ったら絶対に映画を見るべし)、財産などこれっぱかりもない自分の問題じゃないね〟と、こう勝手に思い込んでいたのだ。 ところがさにあらず、この映画を見て、〝こりゃ他人事じゃないぞ〟と〝相続問題〟がいきなりわが身に迫ってきたのである。 映画製作側としては観る者にこのように思わせたら、それは目論見通りであろう。『ソーゾク』エグゼクティブプロデューサーの関顕嗣氏はいう。 「相続問題というのは決して資産家だけに起こることではありません。誰でも身内に不幸があった時、必ず起きるものなんです。この映画ではまずそれを知らしめたかった。私にしてもこの映画の製作にたずさわる前は相続問題など自分には関係ないことだと思っていました。しかし、今では自分も相続問題は避けられないことなんだ、と確信するようになりましたよ、莫大な資産があるわけじゃないんですが(笑)」。 相続問題は実は卑近であり、さらに奥深いものだということをこの映画で知ってほしい。ちなみに映画タイトルを相続としないであえてカタカナでソーゾクとしたというのには訳がある。 「相続だけでなく争族、葬続、想続(いずれも造語)の意味も込めているのです。ソーゾクというタイトルにはさまざまな意味を持たせているのです。意味深なんです、相続問題というのは」(前出、関氏)。 さて、『ソーゾク』、ネタバレはしないが、本サイト独占で公開前の読み解きをしていくことにしよう。(続く)
肉、野菜、衣類に雑貨、金切声 自由市場には何でもありだ オロナミンCの10本パックが鎮座するスーパーの棚 ここがピョンヤン? 絶叫マシンに並ぶ市民を差し置いて外国人枠で乗り込む俺ら 「俺たちも並んで待つよ」「いいえだめ、外国人は有料なので」 統一駅、栄光駅を通り過ぎ復興駅まで地下鉄に乗る 「ピョンヤンで会いましょう」なるTシャツを買ったはいいがどこで着るんだ ピョンヤンからペキンを乗り換え降り立てば腿のかっ歩する街トウキョウ 拍子抜けするくらいピョンヤンは普通の街だった。もちろん外国人にどれほどのものが見られるかと問えば、どれほどのものも見られないだろう。それでも印象的だったのが、上に詠ったことどもだ。自由市場はいわば闇市なのだが、小学校の体育館くらいの建物が与えられていて、客がまばらなデパートやスーパーに対して、夕方などはまるで暮れのアメ横のように人があふれ、見物気分で歩いていると殺気だった人々に背中が小突かれそうになる。 ドイツから導入したという絶叫マシンが並ぶ遊園地。物珍しさ(10年あまり前)から客が長蛇の列。ところが僕らが行くと列の最先頭に割り込まされる。「我々も並ぶから」と通訳に申し出たら、「いいんです、外国の方からはお金をいただいているので」と。そうか“北朝鮮の人民”は無料なのか。
2025.09.29
狂歌絵本の挿絵で名を上げた歌麿は、同時に錦絵のジャンルに手を伸ばす。早期に手掛けたも のの一つに春画がある。 1788(天明8)年に「歌まくら」と銘打った春画12枚をリリース。亭主持ちの若い女、仲のよい 中年夫婦、迫る老人に抵抗する若い女性など様々なシチュエーションを設けている。中には中 年のオランダ人の男女や、複数の河童に組み伏せられる海女など妄想たくましい図柄もあって 、現在も世界的な評価を得ている傑作である。 大河『べらぼう』劇中で、歌麿はきよという耳の不自由な女性と所帯を持った。実際に「理清 信女」あるいは「おりよ」という名の妻ないし母親がいたことは分かっているが、『歌まくら 』リリ-スは2人が同居していたと思しき時期とほぼ同じ。劇中できよが春画を描く契機となっ たというストーリーも説得力があった。 しかし、きよとの新婚生活は1年と続かなかったようだ。1790(寛政2)年頃にきよが死去。死 因は不明である。後に歌麿も葬られる浅草の専光寺(現在は世田谷区に移転)に墓が残ってい る。蔦重が財産を半分没収された翌1791(寛政3)年、歌麿は蔦重のもとでは作品を一つも残し ていない。(つづく)
2025.09.29








