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新連載 没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば  元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第4回
新連載 没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば  元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第4回

官房機密費 香村 それと内閣官房長官の時に、官房機密費というものを扱うわけですね。それで今、石破内閣において、いわゆる商品券の配布問題を巡って、いろいろ政治と金の問題がスキャンダルになって、それはまだ尾を引いてるというわけですけど、当時、官房機密費なんかは、平沢さんは具体的に…… 平沢 官房長官室の金庫に、現金が入っていたと思います。私は金庫の中まで見ていませんので詳しくは分かりません。官房長官はその金庫を管理していました。金曜日の夕方になると官邸の参事官、当時は厚生労働省から来ていましたが、その人が全部チェックしていました。足らない時は補充していたと思います。そのお金の使い道は官房長官の判断です。例えば、政治家だけでなく役所の人に対しても、海外に重要な仕事で行く時などは相応の額を出していたと思います。現金は法務省の関係者にもマスコミ関係者にも出ていたことがあったと思います。後藤田さん自身もいい情報を掴んだり、いい結果を出したりするにはある程度の金が必要だ。国のプラスになる場合には金も必要だ、という考えだったと思います。 香村 最近は、官房機密費は年間12億3000万とか言われてますけど、当時はどんなもんでした? 平沢 私は額は知りません。 香村 後藤田さん自身は自分で配らなくて、平沢さんとか他の人に“持ってけ”とかいう形で―― 平沢 他の二人の秘書官は知りませんけども、少なくとも私には指示がありました。官房長官から「気をつけて持って行け、直接本人に渡せ」と言われて風呂敷包みを運んだことはあります。中味は知りませんが、あとで届いたか否かを電話で確認していましたから、大事なものだったと思います。 香村 役所の秘書官は全部で四人だったんじゃないですか? 平沢 いや、そのうちの一人は後藤田さんの政務秘書官です。後藤田さんの政務秘書官の他に役所の秘書官が三人いて、私はその中の一人です。ですから秘書官は合わせると四人になります。役人の秘書官三人のうち、当番の日は担当の秘書官が後藤田先生が行かれる全ての場所に同行します。三原山の噴火の時、あの時は、私しか官邸にいなかった。三原山が大爆発したということで、後藤田さんがまず言ったことは、「今日中に大島にいる人を全員島外に避難させろ」ということでした。役人はみんなぶつぶつ言ってたけども、後藤田さんから言われたら仕方がないとわかっている。その後藤田さんが最後に言ったのは「責任は全部俺が取る」。これを言うから、役人はみんな安心して一生懸命やったのです。 香村 その官房機密費っていうのは、衆議院議長にも渡すんですか。国対委員長に渡す時もあれば、野党政治家に渡したりとか―― 平沢 これはわかりません。私はそれがお金かどうかも、中を見てないのでわかりません。金庫にいくらあるかもわかりません。ともかく国会でもし資金が必要となれば金は党から出るのでないですか。使途はね、例えば昔の官邸はものすごく開けっぴろげで、官房長官の秘書官室にマスコミが平気で入ってきて、自分の机のように電話をかけまくったりしてました。だから、マスコミは官房長官や秘書官が今、何をしているか、おおむね分かっていたと思います。 香村 官房機密費の原資は、外務省からも流れてきているということですね。 平沢 そのお金はどこかから持ってこなきゃならないわけです。どこから持ってきたか、それは私にはわかりません。 香村 田中角栄なんかは自前の金で配ってたということですね。 平沢 田中元総理は、いっぱい持ってますからね。 香村 結構、裏金も作って――(つづく)

好評連載『俺の名前は三遊亭はらしょう』⑰ 万博ルポ②『缶や瓶は持ち込めません』
好評連載『俺の名前は三遊亭はらしょう』⑰ 万博ルポ②『缶や瓶は持ち込めません』

万博ルポ②『缶や瓶は持ち込めません』  パビリオンに並ばずに入れるラストチャンスの当日予約に、俺と母は奇跡を祈りながら夢洲駅に到着した。  「阿部寛のポスターや!ここで写真撮って!」と母はいきなりミャクミャクを無視して阿部寛の炊飯器の巨大な広告に大興奮!母にとっては阿部寛もパビリオンの一つなのだろうか。そのまま東ゲートへ移動して一時間程並ぶと、入口でセキュリティチェックスタート。  「お客様、ペットボトルは可能ですが缶や瓶は持ち込めません」  「えー!」  買ったばかりの缶コーヒーを没収される母。 「私がテロに見えるんかいな」と笑っていたが、見えなくもない。  ようやく中へ入ることになったが、同じタイミングで入った人は、ウォー!と全員走り出す!なぜ人はゲートを抜けたら走りたくなるのか。  一方、俺と母は抽選情報をスマホで見る為、一端、ベンチに座った。そして・・・最後の抽選にも外れた!  先ほどまでゲートで並んでいたので、ベンチが最初のパビリオンみたいだった。 (つづく)

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2025.05.27

新連載 没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば  元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第3回
新連載 没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば  元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第3回

田中角栄を非常に評価 香村 ところで先ほど後藤田さんはハト派で、比較的社会党に近い考えというようなことおっしゃいましたけど、どうですか、防衛問題、外交問題をめぐって。中曽根さんはどちらかというと岸信介に近くて、結構サポートしてもらったようなことがあったらしい。GNP1%では三木武夫が固執したわけですけど。後藤田さんは岸信介、あるいは三木武夫に対してどういうような考えというか、関係性はどうだったんですか? 平沢 私は岸信介さんの奥さんは知っていますが、岸信介さんにはお会いしたことがありません。 香村 ただ、後藤田さんは、岸信介が安保闘争の時に総理だったことから、戦前の彼のイメージが悪すぎるから、安保も過激化したというような発言はされてますけどね。 平沢 そうですか。 香村 それと中曽根さんが総理になった時に「戦後政治の総決算」というものを謳ったわけですよね。それでその後、「日米の運命共同体」とか、「日本は不沈空母だ」発言をされてるわけで、これに対して後藤田さんがかなり反発されたわけですかね。 平沢 直接的には知らないですけど。ともかく防衛費はこれ以上増やすのはどうか。警察とか自衛隊は力を持ってるんだから、常に謙虚でなければダメだ。これが後藤田さんが言っていたことです。 香村 後藤田さんは、中曽根康弘と田中角栄というものを「出色の総理大臣」だと、非常に評価されてますね。 平沢 その通りです。特に田中角栄さん。大変に評価してました。田中さんの事件がありましたでしょ、ロッキード。あの時は捜査当局をずいぶん攻撃していました。捜査当局は部分だけで総合的に見ることができないとも言っていました。三木内閣は事件の徹底解明を掲げていましたが、この三木さんの対応についても大いに疑問を持っていたと思います。 香村 中曽根康弘も大変な政治家だというふうに評価してるんですけど、中曽根康弘と後藤田さんとの、この首相と官房長官の関係というのは何と言いますか、昔の総理大臣になぞらえると、佐藤栄作と保利茂みたいな関係ですかね。 平沢 よく言っておられたのは、中曽根さんは確か昭和16年の内務省採用で、後藤田さんが昭和14年です。役所は一年違ったら大変な違いで、少しでも後輩が前に出てはダメとされています。その先輩の後藤田さんが後輩の中曽根さんの下で働くことになるわけで、普通はありえないことですが、これが日本のためになるんだったらということで、自分は引き受けたということを言ってました。そういうこともあって、納得がいかないことを中曽根さんがやれば、自分は絶対に許さないし、その時は自分はいつでも辞める覚悟だと。 香村 モノの本によると、中曽根康弘が田中角栄と同じトイレ入っていた時ですね、中曽根康弘が田中角栄に「後藤田を貸してくれないか」と。派閥は違うんだけどね。田中派から引っ張って来るのを認めてくれないかということで、お願いした。それで田中角栄も逡巡しながら、最終的には「分かった。貸しましょう」ということになったというようなことらしいんですよね。それだけ中曽根が後藤田というものを、その才能というか人格というものをものすごく評価していた。 平沢 ともかく後藤田さんという人は、人事にかけては天才です。異論の人を大切にし、側近で仕事をする人を、「命をかけても自分はこの人のために働く」という思いにさせる。この点で後藤田さんのような人はなかなか他にいないといえる。中曽根さんからすると、後藤田さんが近くにいると極めて安心できる布陣になるから、自分としてはどうしても「後藤田さんが欲しい」となる。 香村 後藤田さんは後藤田さんで、中曽根というのは人使いが非常にうまいというようなことを語っていますね。例えば、行革の問題で土光敏夫(東芝元社長、経団連会長)さんを引っ張ってきて、国民的な行革ムードを高めたというようなことでね。人使いが非常にうまいというようなことをおっしゃってますね。

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2025.05.27

福島県双葉・大熊両町と青森県六ケ所村にソッポを向く国民の身勝手
福島県双葉・大熊両町と青森県六ケ所村にソッポを向く国民の身勝手

のど元過ぎれば…国民意識なんて勝手なものだな 今でも原発被害に悩まされている地域のことなど何処かな (写真 伊沢史朗双葉町長 双葉町HPより)  原発への意識が変わってきている。2021年には「即廃炉・積極的廃炉」の廃止派が6割を超えたが、25年は35%とほぼ半減し、活用派は58%に達した。活用派の半数以上が「運転延長」を望み「増設」も全体の1割を超えている。原発は「トイレのない高級マンション」と言われるが、変わらないのはそのトイレ問題だ。国民は「除染土壌搬入場所」と「使用済み核燃料最終処分場」を福島県と青森県に押し付けたまま知らん顔を通している。まず「除染土壌搬入」問題を取り上げる。14年前の東京電力福島第1原発の水蒸気爆発は巨大な後遺症を残した。放射線が降り注いだ土地の除染土壌の搬入は、22年3月で終了したもののその最終処分の見通しが立っていない。  福島県双葉・大熊両町に中間貯蔵施設を建設することが決まった15年、政府は30年後の45年までに除染土を福島県外に運び出すことを約束した。中間貯蔵・環境安全事業株式会社法には「中間貯蔵開始後30年以内に福島県外で最終処分を完了する」と明記されている。中間貯蔵施設に積み上がった土壌は東京ドーム11杯分の1400万立方メートルに達している。こうしたことから22年に環境省が東京都新宿区、埼玉県所沢市、茨城県つくば市の3カ所で再利用を検討していると発表して、新宿と所沢で説明会を開催したところ、周辺住民や地元町会が猛反発した。その後、除染土の受け入れを表明した自治体はなく宙に浮いた状態だ。いわゆる「迷惑施設」の誘致には困難が伴うことが珍しくない。が、双葉町の伊沢史朗町長には、「福島で作られた電力を消費してきた首都圏で、この問題に関心を持ってもらいたい」との考えがある。新宿区、所沢市、つくば市は「住民の見識でノー」を錦の御旗にして、その考えにそっぽを向いた。  次に青森県だ。原発から出される使用済み核燃料など高レベル放射性廃棄物の最終処分場は、まだ日本には存在しない。全国の原発から出た高レベル放射性廃棄物は、一時貯蔵施設のある青森県六ケ所村に運び込まれて今年で30年が経過した。この最終処分場の選定も難航している。宮下宗一郎青森県知事が時事通信のインタビューで、「国が主体性を持って事業者と連携して解決していく課題」と政府の決断を迫っている。17年には全国の地層の特徴を示した「科学的特性マップ」が公表された。つまり「廃棄物埋設に安全な場所の地図」だ。20年に北海道の寿都町(すっつちょう)と神恵内村(かもえないむら)、24年に佐賀県玄海町で第1段階の文献調査が始まり、北海道の2町村は適性が認められた。第2段階の概要調査、第3段階の精密調査に関してもスムーズな展開を願ったが、ここでストップしたままだ。原発反対派の中には、核軍縮運動の流れを引き合いに出して「処分地を提供することは核拡散を認めることになる」と意味不明な理由を挙げて妨害するバカ者もいる。しかし今後、AI(人工知能)などがより普及し、電力を原発1基分丸飲みする国内外のデータセンターが各所にできれば、電力需要の著しい増加が予想される。高レベル放射性廃棄物の出ない核融合炉などへの転換も含め、政府や事業者は原子力研究開発の意義と未来を提示し、粘り強く国民を説得しなければならない。  

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2025.05.27

大好評連載 椎野礼仁の『TANKA de 爺さん』   第9回
大好評連載 椎野礼仁の『TANKA de 爺さん』   第9回

五郎丸(2015年ラグビーワールドカップ日本代表)その2   場内の悲鳴と歓声つんざいて駆けよウィング約束の地へ 残り2分13点差、悲しげな視線を交したのではないな 負けられぬ負けてはならぬ試合だったこれまでの日々を失わぬために 男にはもうできることはなにもない彼我の力の差をかみしめるしか    先週、ある歌人のラグビーの歌に出会って、打ちのめされたと書いた。その人とは寺山修司であり、歌はこれである。 ラグビーの頬傷は野で癒ゆるべし自由をすでに怖じぬわれらに    一体、他のだれが、ラグビー短歌の中に「自由を怖じぬ」などという言葉を入れ込むことができただろうか。しかもラグビーをやった男の密かな矜持を、この歌は見事に射抜いているのだ。ラガーだった俺の心根をどうして寺山が言い得るのか。歌人としての力、才能徹底的に感じさせられた。  そうだ、来週は、寺山修司について、少し書いてみよう。

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2025.05.26

飛ばない「エアフォースワン」にトランプ大統領がしびれを切らしカタール機に乗り換え
飛ばない「エアフォースワン」にトランプ大統領がしびれを切らしカタール機に乗り換え

やれやれ、トランプ大統領専用機がやむを得ない事情でカタール機を使用するんだと… (写真 ロナルド・レーガン大統領夫妻を乗せたVC-137 Wikipediaより)  米国ファーストを掲げるトランプ米大統領が、大統領専用機「エアフォースワン」を中東のカタールから譲り受けたボーイング747に乗り換える。トランプ氏は5月中旬、カタール王族が使用した「空の宮殿」を受け取る計画を発表したが、民主党と一部の共和党議員は、4億ドルの飛行機を受け取るのは腐敗の印象を与え、安全保障上の重大な懸念を引き起こすと批判した。が、これまで大統領専用機として使用されてきたB747は、35年以上使用されており、昨年退役し入れ替わるはずだった。ところが入れ替わる気配さえない。そもそもトランプ氏がカタールの申し出を受け入れたのは、ボーイングからの新しい大統領専用機納入が何年も遅れているからだ。  ウォール・ストリート・ジャーナル紙の予測では、≪28年か29年まで準備が整わない可能性がある≫≪ボーイング社内では、サプライチェーン(供給網)やその他の問題により、35年まで納入が遅れる可能性があるとの見方も出ている≫と報じた。会計検査院(GAO)は22年7月の報告書で、当時、計画が予定より2年遅れたのは、ボーイングが「内装設備」の納入業者との契約を、業績不振と深刻な財務問題を理由に解約したためであることを明らかにした。ボーイング社は、新たな業者を探さなければならなくなり、そのためにスケジュールが延びた。さらに、両機の配線をすべてやり直す必要があったことや、大統領が関わる計画であるため、作業員は高度なセキュリティーチェックに合格しなければならないが、適格者を見つけるのが困難だったことなどから、さらなる遅れが生じたと報告している。  ところで大統領の中東歴訪はドバイ、カタール、サウジアラビアだった。各地で歓待をうけたほか、超大型投資の発表が続いた。ドバイには、80億ドル予算となると次男のエリック・トランプがぶち上げたトランプホテルを建設、カタールにはヴィラ&ゴルフコース建設に55億ドルが投じられる。カタールから見れば、B747の無償提供など安いものだ。  

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2025.05.26

新連載 没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば  元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第2回
新連載 没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば  元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第2回

中曽根さんと後藤田さんの防衛外交問題 香村 中曽根(康弘首相)さんと後藤田さんとは、防衛外交問題についての見解はかなり異なっていたと思うんですけどね。 平沢 そうですね。かなり違うと思います。 香村 その辺の意見のすれ違いをぶつけ合うことなく、お互いに、腹に納めていたということですかね。 平沢 後藤田さんは、安全保障の限りで言うと当時の社会党の考えに近いところがありました。だから社会党の女性議員から「私のところの委員長になって下さい」などといった発言が出たのでしょう。片や中曽根さんは自民党の中でもかなり右寄りと言えました。後藤田さんがいつも言っていたのは、自分は中曽根さんのところで仕事をしていると。だから、中曽根さんと私の意見が違った場合は、当然のことながら、中曽根さんの指示に従う。しかし重要なことで、これだけは絶対譲れない、あるいは自分の首をかけてでもこれだけは守らなければならないといった問題については、相手が中曽根さんであろうと誰であろうと、自分は自分の意見を言わせてもらうということをよく言っていました。 香村 その一つの例が、イランイラク戦争の時に、ペルシャ湾に掃海艇を派遣するかしないかをめぐって、後藤田さんは首をかけて、閣議でも反対するんだというようなことをおっしゃってましたね。 平沢 これについては、私はたまたま中曽根さんと後藤田さんのやり取りの場にいたからよく知っています。後藤田さんが中曽根さんのところに行くというのでついて行ったら、旧官邸の中曽根さんの狭い総理室でした。後藤田さんは中曽根さんと掃海艇の派遣のことで言い争いをしていたのです。中曽根さんが「掃海艇だけは派遣しないとアメリカが・・」と言うと、後藤田さんは「それは分かるが、行けば必ずエスカレートしてどんどん派遣が行われる。日本はその心配があるんだ」というようなことを言ってました。結局、最後は中曽根さんが諦めました。 香村 折れましたね。 平沢 その場面で、後藤田さんは「分かりました。私は辞表を持ってきましたから」と中曽根さんの前で言うわけです。結局、中曽根さんとしては、後藤田さんを閣外に追いやったら大変なことになる。従って円満にやるには、ここで自分が譲るしかない。それで譲ったと思います。その結果、中曽根内閣は続きました。私は自分に逆らう人を最も側近の官房長官というポストに就けた中曽根さんの度量の大きさには、ただただ驚くばかりでした。私は政治家になってから、中曽根さんに「なぜ後藤田さんのようなうるさい人を側近に置いたのか」聞いたことがある。その答えは「官僚を抑えられる。危機管理ができる。そして、意見を直言してくれる」だった。 香村 中曽根氏にとっては、後藤田さんは内閣の大黒柱でした。後藤田さんがいなければ内閣は維持できないといった実力を後藤田さんは持っていたということですかね。 平沢 まあ、そういうことでしょうね。後藤田さんは毎週、内調(内閣情報調査室)を呼んで、国民の皆さんはどう思ってるか聞いていました。その時の内調の室長は警察庁出身の谷口守正さんです。谷口さんは後藤田さんに呼ばれて徹底的に世論調査をやり、自分のやってい ることに間違いはないという確信を得たのだと思います。因みに、谷口さんは徳島の警察本部長の時に後藤田陣営の人を260人以上選挙違反で検挙している。その捜査の責任者を後藤田さんは自分の側近に置いたわけで、後藤田さんの度量の大きさにはただただ驚きます。 香村 それと防衛問題ですね。軍事費、防衛費ですね。対GNPの1%を超えてはならないと。ところが、結果的に1%を超えた。その時も後藤田さんは強く反対している。 平沢 反対どころか、反乱ですね、後藤田さんは。国会には自衛隊の応援団が多くいました。村上正邦(元労相)さんがその筆頭だったと思います。皆さん大勢で官房長官室に来ては「1%なんかなんだ。1%で日本を守れるか」てなことを言っていた。片や後藤田さんは「俺の目の黒いうちは1%超えはダメだ」と。後藤田さんは戦前のような過ちをさせない最後の砦の一つが1%と思っていたのでないか。これを一度超えたら、歯止めがきかなくなるので1%は守らなければと考えていたのだと思う。そのことをずっと言い続けてきたが、結局、最終的には「諸外国に比べ極端に少ない防衛費では日本を守ることはできない」として、1987年度から、わずかだが1%を超えています。後藤田さんがいつも言っていたのは、「役人は、一度予算をつけるとその後はただひたすら増やし続ける」と。政治家は自衛隊に対していい顔をしようとする。選挙などでいろいろと世話になっているからだ。後藤田さんが言っていたのは、「防衛庁の応援団の人たちは分かっているのかな。そして、警察予算で増員を求めて応援する人たちは、明日にでも警察に捕まりそうな人たちが多い」などと我々に言っていた。警察官を増員したいということで、当時の山田英雄警察庁長官は、何度となく私に電話で、「なんとしてでも後藤田さんを口説いて、増員を認めてもらってくれ」と言ってきた。長官としては当然のことだ。しかし後藤田さんは最後まで増員反対を通していた。後藤田さんの考えは徹底していて、とりわけ自分の出身官庁の警察庁には厳しかった。後藤田さんは「役所の人員に無駄が多いことを俺はよく知っている」と繰り返し言ってました。警察庁の幹部はともかく人員を増やすことだけ考えて、減らすことは考えない。だから俺は反対なんだと言ってました。後藤田さんは警察官の増員や防衛予算の増額にはしっかりした根拠がない限り絶対反対といった立場に立った急先鋒でした。予算の1%を最後まで主張し続けた一人でもある。予算担当者は1%からあまり出ないようにしなければならなくなったことから随分苦労したと思います。 香村 数字の操作ですね。(つづく)

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2025.05.26

佐野慈紀のシゲキ的球論    右肩違和感のドジャース佐々木に「7月に戻ってくればいい」と助言
佐野慈紀のシゲキ的球論  右肩違和感のドジャース佐々木に「7月に戻ってくればいい」と助言

野球評論家の佐野慈紀氏が「右肩インピンジメント症候群」で離脱したドジャース佐々木郎希投手に〝スロー調整〟をすすめた。  佐々木は9日のダイヤモンドバックス戦後に右肩の違和感を訴え、インピンジメント症候群と診断された。  佐野氏は「僕もやったことあるんですが、投手にとってはある意味避けられない症状。特に佐々木投手は関節の柔軟性があるので、なりやすいのかもしれません。振り返れば初登板から全体のバランスも悪く、本来の出来ではなかった。まずはしっかり治すこと。何度も繰り返さないことが大事です」と語る。  ドジャースは先発陣不足が悩みの種だが、佐野氏は「それぞれの国の野球文化がある。日本にいれば『チームに迷惑がかかる』という気持ちがどうしても出てくるが、もうアメリカにいるのだから、自分のやり方を貫くことに集中したほうがいい」とマイペースを貫く方がいいという。  「やっぱり勝負は7月、8月なんです。しっかり投げられる体を作って!」とエールを送った。

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2025.05.25

新連載 没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば  元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第1回
新連載 没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば  元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第1回

≪聞き手 本誌 香村啓文≫ 香村 私は昭和52年に「政策集団シリーズ」という企画もので、当時、新生クラブの代表だった藤波孝生さんにインタビューしました。平沢議員は昭和60年に、藤波さんの秘書官をやられましたね。八ヵ月ほどおやりになられて、その後、内閣改造で後藤田(正晴)さんの秘書官もやられた。この人事は大臣官房でやるわけですか? 平沢 これは警察庁の人事で、最後は後藤田さんと藤波さんにそれぞれ打診して決められたかもしれません。藤波さんが靖国神社の公式参拝とか日航機の事故の発生のあと一段落したあわただしい時期でしたね、私がいたのは。 香村 藤波さんが官房長官の時(1983.12.27~85.12.28)の後藤田さんのポストは? 平沢 おそらく初代総務庁長官(1984.7.1~85.12.28)だったと思います。 戦争と中国が生涯のテーマ 香村 今おっしゃられたように、靖国神社参拝を巡ってだいぶ揉めましたね。その時は後藤田さんは官房長官じゃないんですけど、その後、後藤田さん自身が長官になって、靖国神社の総理参拝を厳しく批判しましたね。 平沢 後藤田さんは、「中国と喧嘩しちゃいかん」というのが口ぐせでした。靖国神社を参拝すれば必ず中国と争いになる。戦争中、中国には多大な迷惑をかけたが、靖国神社でまた中国を心配させることになる。だから靖国参拝はダメだというのが、後藤田さんの考え方でした。後藤田さんの考え方の根底にあるのは戦争で日本は中国に多大な迷惑をかけたが、その中国といかにして仲良くやっていくかということでした。特に、後藤田さん自身が戦争で台湾に行ったこともあり、戦争だけは絶対にやっちゃいけないが口ぐせでした。ちょっとしたことでも争いが起こると、政治家や軍人などは、その小さな出来事を拡大して戦争をやりたがるが、戦争だけは絶対にやっちゃいけないと。このことを後藤田さんは繰り返し言っていました。戦争を知らない、あるいは戦争を経験したことがない政治家が、この国の舵取りをする時代が来た時に日本は大丈夫だろうか、大変に心配だ。後藤田さんが繰り返し言っていたのはこのことでした。 香村 それで靖国神社の参拝には批判的でした。同時にA級戦犯ですね。戦争中の戦争指導者で、東京裁判で戦犯になった人たちに対しては、結果責任があるということをおっしゃってたようですね。 平沢 結果責任ということは言ってはおられたが、公の場では私は余り聞いていません。要するに政治家は結果責任が大事だということです。靖国参拝にしろ何にしろ、やればどういう影響が出るか。これをよく考えてからやらなきゃダメだ。ただ安直になんでもいいからといって政策に飛びつくんじゃなくて、必ず影響が出るので、その出てきた影響が日本にとってプラスかマイナスかを、よく考えてやらなきゃならないと。このことは繰り返し言ってました。(つづく)

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2025.05.25

佐野慈紀のシゲキ的球論    勝負の交流戦!「パはライオンズ、セはドラゴンズがカギを握る!!」
佐野慈紀のシゲキ的球論  勝負の交流戦!「パはライオンズ、セはドラゴンズがカギを握る!!」

 野球評論家の佐野慈紀氏が6月スタートの交流戦の〝台風の目〟を語った。  セ・パ交流戦での成績がその後のペナント争いに影響するケースは多い。佐野氏は「近年、セとパの実力差もなくなってきたように感じます。面白くなるでしょうね」と期待する。  まず、セのチームが気を付けないといけないのは「それは西武ライオンズでしょうね」と佐野氏。 「今年は特に投手力が整っているんで、そう簡単には打てない。セのチームも苦労すると思いますよ」  パのチームが気にしないといけないのが「ドラゴンズじゃないですか。確かに打線は不安ですが、投手は揃ってる。上位チームである阪神、広島の対策は十分やるでしょうが、ドラゴンズ対策を怠ると、やられてしまうかもしれませんよ」と分析した。  

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2025.05.23

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