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佐野慈紀のシゲキ的球論 「サトテルが覚醒している!」
佐野慈紀のシゲキ的球論 「サトテルが覚醒している!」

野球評論家・佐野慈紀氏が阪神タイガース・佐藤輝明選手の好調理由を分析した。    サトテルの打棒がタイガースを勝利に導いている。    本拠地・甲子園球場で行われた8日のオリックス戦。3点リードで迎えた8回に森下の 申告敬遠で1アウト満塁となったところで佐藤が打席に入ると、2球目の高めストレート をバックスクリーンに17号満塁弾を放った。試合も8ー1で勝利した。  佐野氏は「佐藤輝が覚醒してますね!」と絶賛する。 「昨年までと違って、今年は率も上がってきているんですよ。振り回すというイメージが あった方もいるかもしれませんが、コンパクトにアジャストした結果、ホームランも出て いる」とその進化を解説した。  チームは交流戦首位、ペナント争いでも2位DeNAを離し、首位を快走している。 「阪神は初カードの日本ハム戦がどうなるかな、と見ていたんですが、乗り切りました。 死角がないのでこのまま行くかもしれませんね」  トラの独走が見えてきた。

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2025.06.13

没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば 元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第6回
没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば 元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第6回

憲法は合憲と主張 香村 後藤田さんは北方領土問題とか沖縄問題、例えば日米合同委員会の問題ですね。それに対して、ご意見がありましたか? 平沢 アメリカに対して、ある程度、自立性というか独自性を持てというか、要するにアメリカのポチにならないで、しっかり独立国日本としてやっていかなければだめだと。これはいつも言ってました。今の時代から、あの時代を見たら余りに日本はアメリカに忠実過ぎると思うでしょう。 香村 後藤田さんとしては、改憲問題はどういうふうに考えていたんですかね? 憲法改正について。 平沢 当時は憲法改正を言っただけで閣僚の首が飛んだ時代です。直接には聞いてませんが、後藤田さんは間違いなく、安全保障の問題では現行憲法支持だと思います。後藤田さんからすれば、憲法九条などはよくできている、大変な犠牲を払って、日本はやっといい憲法を持ったという考え方でないですか。日本は最近、敵基地攻撃や集団的自衛権、武器の輸出など、今まで行われていた規制がどんどんなくなっています。どれ一つとっても、後藤田さんならば目玉を三角にして怒ったでしょう。私は警察を辞めて、政治家になってからも後藤田さんのところに定期的に行ってましたが、既にこの時に後藤田さんは「戦前に戻りつつある。これからの日本はどうなるのかね」と盛んに言ってました。 香村 田中角栄と少し時代認識が似てると思うんですけど、結局、自分たちの世代で戦争を知っている人間がまだ生きてる時代であれば、戦争が起こる可能性というのは、まあ少ないだろうと。ただ戦争を全く知らない世代がたくさんを占めた時には、少し心もとないというような発言をですね。 平沢 規制がないとブレーキが効かなくなる、日本は憲法に関係なく、外国と同じように戦争をする国になってしまうということを心配していたのではないですか。後藤田さんだけじゃなくて、あの宮澤喜一さんなんかもそうでしたけど、戦争を知らない世代がこの国の舵取りをするようになった時に日本は本当に大丈夫かなと心配していた。今の若い人はみんな戦争を知ってるわけじゃない。ゲームで知っているだけだと繰り返し言っていた。 香村 あの方にとっては、もう知らないこともないぐらい情報通だと思うんですけど、いわゆる核の密約というものについてはどう考えていらっしゃったんでしょうか? 平沢 私はそこを聞いたことはありません。推測するに、そういう密約みたいなものは、もしあったということであれば、今と情勢が大きく違うから何とも言えないが、それでも後藤田さんは烈火のごとく怒ったでしょう。 香村 本人の認識としては、核は密約があると。 平沢 そのこと自体より、密約したりする体質があり、それがどんどんエスカレートするということを心配したのでしょう。歯止めがあって、そこから一歩も出ないように押さえ込んでいても、簡単にそれを崩すことができてしまう。前に進むことができるとなると、規制の意味は全くなくなる。それを防ぐには実効性のある歯止めをかけなきゃならないし、その歯止めを緩めるときは、公の場で、きちんとした議論を経て、そして国民の支持を得てやらなきゃならない。それをしないで一部の人だけでやると、また戦前みたいなことになってしまうんじゃないかということを大変心配していたといえます。 香村 先ほど世論調査を非常に重視されていたということですね。つまり世論、国民の意見がどこにあるかということを把握すると、これに基づいて世論に訴えていかなくちゃだめだという―― 平沢 参考にしてるんですね。世論調査だから必ずしも100%正しいわけじゃないけど、これを極めて重く受け止めて、内調から情報提供を受けていたということです。

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2025.06.12

続く天災、政変……世相不安もビジネスチャンスにした蔦重
続く天災、政変……世相不安もビジネスチャンスにした蔦重

 実は、蔦重が手掛けた黄表紙の代表作『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』の作者・山東京伝は、絵師・北尾政演の戯作者としてのペンネームである。同書は執筆も挿絵も京伝が手掛けたものである(以降は山東京伝の名で記す)。 実際の京伝はイケてない主人公・艶二郎とは正反対、長唄・三味線もうまい美男で、吉原での遊びが高じて月4~5回しか帰宅しない遊び人として名を馳せた。妻と死別した後、2度も遊女を身請けしている。このドル箱作家であり売れっ子絵師であった京伝は、その後も10歳以上年上の蔦重とともに長く歩んでいくことになる。 ところで、天明期は日本も江戸も、絶好調の蔦重やその周辺のように元気一辺倒の時代では全くなかった。それどころか、三大飢饉の一つ・天明の飢饉を始めとした様々な天災、そして政変や事件に見舞われていたのだ。以下に列挙してみよう。 1783(天明3)年:浅間山の噴火、天明の飢饉の始まり 1784(天明4)年:老中田沼意次の嫡男・意知殺害 1785(天明5)年:超インフレで一般庶民の生活困窮 1786(天明6)年:田沼意次失脚。10代将軍家治死去、家斉11代将軍位に就く 1787(天明7)年:江戸を始め、全国で打ちこわし多発。松平定信が老中首座に、田沼意次死去 老中・田沼意次が権勢を誇った天明の時代が一転し、松平定信が権力を握る質素倹約と緊縮財政の寛政期に入るまでの世相は、黄表紙を手掛ける蔦重にとってはビジネスチャンスでもあった。(つづく)  

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2025.06.12

好評連載『俺の名前は三遊亭はらしょう』vol.20『万博ルポ⑤インド館もびっくり!」
好評連載『俺の名前は三遊亭はらしょう』vol.20『万博ルポ⑤インド館もびっくり!」

 俺と母は、ある意味、話題のインド館の前にいた。 ある意味というのは、パビリオン建設の遅れがいくつかあった中で、特にインド館はいつ か完成するサグラダファミリアのようで未完成を目撃する方がレアだ!と盛り上がってい た。 俺はこのニュースを耳にした時、こんなに時間がかかっているのは、カレーを煮込んでい るからだ!と勝手に思っていた。 そんなインド館の前に来たが、どうもおかしい。よく見ると、そこはインドネシア館だっ た。インド館は現地名の「バーラト」と表記してあり、すぐ隣にあるインドネシア館に、 一瞬、間違えて並んでしまいそうになったのだった。 「インド人もビックリやで!」 「いや、インド人は間違わへんやろ!」 俺は母にツッコミを入れながら、15分ほど並んでついに中へ入った。 素晴らしい伝統工芸の数々に触れ満喫したあと、カレーを食べたかったものの、一つでも 多くのパビリオンが観たい為、次はインドネシア館に並ぶことにした。 (つづく)

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2025.06.11

佐野慈紀のシゲキ的球論   「広島がなかなか負けませんね!」チーム堅調のワケは
佐野慈紀のシゲキ的球論 「広島がなかなか負けませんね!」チーム堅調のワケは

野球評論家の佐野慈紀氏が広島カープの〝粘り強さ〟を指摘した。  新井監督率いるカープは交流戦初カードのオリックス戦(京セラD大阪)を1勝2敗、次カードの西武戦(マツダスタジアム)を3連勝。9日現在で交流戦2位タイとしている。  佐野氏は「広島がなかなか負けませんね!」と、チーム力の高さに驚きの声を上げる。 「新井監督も含めて、スタッフの雰囲気作りがいいですね。型にはめるんじゃなくて、のびのびとやらせているのが分かります」  その中でも新井監督の〝懐の深い〟采配が目立つという。 「広島というチームは昔は、若手を起用しても結果が出なかったら、すぐにファームに落とすような部分があったんですが、新井監督は挽回させる機会を与える。また、秋山選手などのベテランにもいいところで出場機会を与えてますので、モチベーションを保ててます」  最後は本拠地マツダスタジアムのファンの声援も理由の1つに上げた。 「あの球場の雰囲気は素晴らしいですよね。また、甲子園とは違ったものがあります。すごく選手の背中を押してくれると思います。あれはアドレナリンでますよね」  今後のコイにも目が離せない。  

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2025.06.11

セイコーゴールデングランプリ陸上の真の勝者とは ~この日一番の歓声シーンと落胆シーンの両方をもたらした男~
セイコーゴールデングランプリ陸上の真の勝者とは ~この日一番の歓声シーンと落胆シーンの両方をもたらした男~

 去る5月18日に国立競技場でセイコーゴールデングランプリ陸上が開催された。9月に東 京で開催予定の世界陸上の大切な前哨戦。オリンピック以外に陸上を見る機会は皆無と言 って良い小生にとって出場選手の中で知っているのは女子やり投げの北口榛花選手と男子 100メートルのサニブラウン・ハキーム選手くらいだろうか、敢えて言うとその他に桐生 祥秀選手や飯塚翔太選手や田中希実選手。 大会は午前10時30分から午後3時くらいまでの長丁場。バックスタンド1階の中段あたり から目前で行われている跳躍競技を見続ける。女子の三段跳びに続いて男子の走り幅跳び 。さぞかし退屈だろうと思っていたがこれがなかなか面白い。男子の走り幅跳びは8.2メー トルを跳んだオーストラリアのリアル・アドコックが、女子の三段跳びは13.66メートル を跳んだ高島真織子選手が勝った。たった1歩で8メートル以上、僅か3歩で13メートル以 上に達するのだから冷静に考えると凄いことだ。一見の価値はあるが難点もある。出場選 手の多くが跳躍時にスタンドに向かって手拍子を要求する。出場選手の男女19名で100回 ほどの跳躍に際してその半数以上に手拍子を求められる。これには流石に辟易する。“今か ら跳ぶからこっちを見て”というアピールの一種なのかもしれないが度重なると意外と面倒 になってくる。選手が手拍子を求めることができる回数を制限して欲しいものだ。 跳躍競技の向こうでは並行して槍投げが行われていた。観衆の期待を一身に背負って出 場しているのが金メダリストの北口榛花選手。合計6回を投じるのだが、北口選手は1回目 から6回目まで一度も首位を譲らず64.16メートルで優勝。圧巻の強さを見せつけた。ただ 残念だったのは女子の槍投げの前に男子の槍投げが行われ70メートル後半から80メートル 越えの投擲を見続けていた為に女子の投擲がショボく感じてしまったこと。テレビ中継の 時間の加減で競技の進行が決められたのであろうが、演出としての競技順は重要である。 クライマックスの競技は男子100メートル走。USA勢に混じって日本の5選手が出場する 。最終種目とあって演出も少しだけ凝っている。メインスタンド下の中央あたりからジェ ットスモークが噴射される中から選手が一人ひとり登場する。ここまで会場で進行MCを 務めてきたのはパトリックユウ氏、ヤクルトスワローズのスタジアムDJも務める人気スポ ーツMCである。男子100メートルのファイナルにあたりパトリックユウ氏が最初に紹介し たのはなんと選手ではなく織田裕二氏だった。「きたー!」と一斉に大歓声。出場選手の 呼び込みはパトリックユウ氏ではなく織田裕二氏が行うというサプライズ。織田裕二氏に よって紹介された選手たちが次々とジェット噴射の中から登場する。織田氏「あれ、これ で終わり?足りなくない?あの選手は?どうしたの?」パトリックユウ氏「お察しだとは 思いますが・・・」織田氏「えー、サニブラウンは欠場なのか」というやり取りと同時に 会場全体が一気に落胆。レースは東洋大の栁田大輝選手がUSA勢と霧生選手を抑えて勝っ た。 この日、一番盛り上がったのは織田裕二氏の登場時、この日、一番盛り下がったは織田 裕二氏がサニブラウン選手の欠場を告げた時、良いも悪いも掻っ攫った織田裕二氏が真の 勝者なのだろう。アスリートにとっては鳶に油揚げをさらわれた思いがしたに違いない 。(世良 直)

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2025.06.11

没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば 元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第5回
没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば 元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第5回

渡辺恒雄と後藤田さんの軋轢 香村 この間亡くなった、読売の渡辺恒雄ね。渡辺氏と中曽根氏は60年以上の刎頸の交わりだということだったんですけどね。後藤田さんとレフチェンコ事件をめぐって、ちょっといざこざがあったというような記事が出ているわけですけど。あの事件でレフチェンコがCIAとかいろんなところで喋ったものが文書にでて、そこに読売の記者や、あるいは野党の政治家の名前も出ている。後藤田氏が渡辺恒雄に「お前のところの記者はスパイみたいなものだから首切れ」と文句言ったところ、渡辺恒雄が「そんなことないよ。なんでうちの社員のことを勝手にそんなこと言うんだ」と。渡辺恒雄が怒って中曽根康弘の所に行った。そしたら中曽根康弘が「後藤田の言うことが正しいよ」と。CIAからリストが出てて、そこに全部名前が出ている。読売の記者も政治家も名前が出てると。それで結局、渡辺恒雄が「俺が負けた」というようなこと言ったらしいんですよね。渡辺恒雄と後藤田さんとはそんなに交流はなかったということですか? 平沢 わかりません。ただ私が秘書官の時に後藤田さんと渡辺恒雄さんが一緒に食事をしたことはなかったといえると思います。 香村 1986年の衆参同日選の時にですね、定数是正問題をめぐって、最高裁の判決が出て、それで八増七減の衆院の定数是正をしなければだめだと。その時に「寝たふり解散」というかね、これは渡辺恒雄のアイデアだと本人は著書で自慢してるわけです。 平沢 渡辺恒雄さんが? へー。 香村 そういう意味からいうと、渡辺恒雄は政権のブレーンというか知恵袋みたいなとこもあったのかなと。そうすると、後藤田さんがそれを知らないというのもまたどうかなと、私は思ったりもするんですけどね。 平沢 そうですね。そうなりますけど。ともかくあの時の選挙について後藤田さんはたとえ知っていても秘書官に漏れるような隠し方はしなかったでしょう。

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2025.06.09

椎野礼仁のTANKA  de  爺さん」第10回 寺山修司 その1
椎野礼仁のTANKA de 爺さん」第10回 寺山修司 その1

母を殺し弟と鳥追いやって 俺も行きたや寺山ワールド  下手くそな、寺山修司の本歌取りを試みたつもり。  本歌は以下の二つだ。 亡き母の真っ赤な櫛で梳きやれば山鳩の羽毛抜けやまぬなり 新しき仏壇買いに行きしまま行方不明の弟と鳥  こう読むと、寺山は母を亡くしていて、弟は行方不明になったかのようだ。全く違う。父こそ幼少期に亡くした寺山だが、母は長生きし、47歳で死んだ寺山の葬儀委員長を務めた。そして寺山は一人っ子である。  キーワードは自己劇化。それまでの一人称短歌(詠んでいる内容は自分のことで、本当に起こったことを歌う)を寺山は平気で打ち破った。現代短歌の革命児と言われる所以である。  そして若者たちに「書を捨てよ、町に出よう」とアジりまくった。私の友人は寺山に煽られるまま、三重から東京に出て、寺山が通った早稲田大学教育学部に入った。その後、風俗ライターとして斯界をさまようこと数十年。芝居の世界にも足を突っ込み、近年は故郷にアングラ系の劇団を引っ張って自主公演を打っている。(この項続く)

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2025.06.09

さながらアイドルのサイン入り集合写真?吉原遊女の豪華本
さながらアイドルのサイン入り集合写真?吉原遊女の豪華本

蔦重が狂歌絵本をさらに発展させた豪華版が、1784(天明4)年の『吉原傾城新美人合自筆鏡』だった。駆け出しの頃に買い取り形式で出したとされる『青楼美人合姿鏡』の続編で、大型2枚続きの錦絵を7組まとめた画帖仕立て(折本形式)で、序文は太田南畝が、跋文を朱楽菅江が担当している。 見開きの1カットに、上は花魁から下は禿に至るまで北尾政演の描く5~8人の遊女の華やかな全身像が。その余白に彼女たちの名前と自らよんだ和歌や俳諧が、本人たちのものに似た筆跡で書き込んである。いわばアイドルのサイン入り集合写真といった趣だ。 狂歌絵本と並行して蔦重が手掛けた黄表紙も、乗りに乗っていた。1785(天明5)年はまさに黄表紙の黄金期の頂点とされるが、ヒット作はほぼ蔦重・耕書堂が手掛けたものだった。 その代表作である『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』は、裕福な家庭に生まれたブ男の道楽息子・艶二郎が、吉原で色男として何とか名を上げようとあれこれ画策するものの、ことごとくうまくいかず……というストーリー。当時、遊女たちが容貌の割に粋がろうとする客を陰で「艶二郎」と呼んでいたという程の大ヒットとなり、黄表紙の代表作として今も評価が高い。(つづく)

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2025.06.09

佐野慈紀のシゲキ的球論    ハマの助っ人、ケイ&ジャクソン「今年の活躍は分かっていました」その理由とは
佐野慈紀のシゲキ的球論  ハマの助っ人、ケイ&ジャクソン「今年の活躍は分かっていました」その理由とは

  野球評論家の佐野慈紀氏が横浜DeNAベイスターズの今季好調なケイ投手、ジャクソン投手の〝活躍の理由〟を指摘した。  ケイとジャクソンが開幕から快投を続けている。  2日時点の成績はケイがセ・リーグ投手で防御率1・15で1位(4勝)、ジャクソンが防御率1・27で3位(5勝)と左右のエースとして横浜を支えている。  佐野氏は「もうこれは分かっていたことなんです」と納得の表情。  ポイントは「直球の角度」だという。 「やっぱり直球の角度がある投手の球っていうのは打ちにくいものなんですよ。ベース上で球に勢いがあって、まっすぐでどんどん押していける。これは強みですね」  最後には「さらにバウアーが上がってくれば、相当横浜の先発陣は厚みが出てくるでしょうね」と話した。  ケイ、ジャクソン、バウアーの助っ人トリオが後半戦、横浜Vへの原動力となりそうだ。  

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2025.06.08

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