連載•小説
ドジャース・大谷翔平が23年8月23日レッズ戦以来、663日ぶりに投手として復帰マウンドを飾った。 現地6月16日(日本時間17日)の本拠地で行われたパドレス戦に登板。記念すべき初級はタティス・Jrに投じた157キロのツーシーム。2番アラエスの打席では最速161キロをマークとアドレナリン全開の様子を見せた。変化球も上々の切れ味。1回28球を投げ、2安打1失点だったが、投球内容は十分に合格点と呼べるものだった。 登板前、佐野氏は「シュミレーション投球を見ていると、状態は悪くないと思います。内容うんぬんよりも、投球のあと。体の張りやそういうものをクリアできるか」と課題を指摘。「9月に80球から90球投げればOKでしょう」と〝投手・大谷〟の合格点を設定した。 一方、打棒にはどう影響するのか? 佐野氏は「僕はあまり気にしていませんよ」と笑う。 「みなさん、勘違いしているかもしれませんが、彼は1番バッターなんですよ。本塁打も35本打てれば、もう満点です。最近の打席を見ても、大谷選手は闇雲に本塁打を狙っていない。そういう柔軟性が彼にはあります」 大谷フィーバーはさらに加速しそうだ。
2025.06.20
戦争を防ぐ後藤田さんの業績 香村 後藤田さんの業績はどういうことがあげられますか? 平沢 戦争を防いできたこと。戦争をしないために、中国などとの関係改善に努めてきた。これにはいろいろ見方はあるでしょうけど、戦争は絶対にさせてはいけないという考え方を海外のリーダーにまで染み通らせたということは大きな業績です。あとは役人の皆さん対しては、お国のために仕事をするということはどういうことかを教え込んだ。そういうことじゃないですかね。 香村 後継者としては、河野洋平とか、細川護熙とか、さきがけの武村正義とかを非常に期待したというようなことも伝えられていますけど。 平沢 この人と決めた人はいなかったんじゃない。 香村 ただ後藤田さんが期待をかけた政治家というのは、やっぱりいたんでしょうね。 平沢 そうですね、その後藤田さんの碑が徳島にできたんですよ。後藤田さんの生まれた村のすぐ近くに。後藤田さんを偲ぶ公園ができた。ご遺族の意向も受けて作られた屋外の公園は、後藤田記念公園みたいで、そこに後藤田さんと奥さんの大きい写真が四六時中展示してあります。その時(開園式)に私も行ってびっくりしたんですけど、私なんか20番目、30番目くらいの序列で挨拶か紹介はあるのかなと思ったら、私が代表挨拶でした。
2025.06.19
田沼意次は利根川水系の大規模な開発にも着手した。印旛沼、手賀沼を干拓しで新田開発を推し進め、かつ双方から江戸湾、検見川に通じる水路を掘り、排水による洪水のコントロールを図った。 しかもこれらを幕府の財政のみならず大阪ほか大手商人たちの資金を活用するという、当時としては先進的な手法を取り入れている。こうした商人との連携を深めるため、株仲間の公認を推し進めている。 ペリー来航(1853(嘉永6)年)の80年近く前に進めていた開国政策も、田沼政治の先進性を伺わせる。工藤平助の『赤蝦夷風説考』を参考にロシアの南下政策に対応。蝦夷地を幕府の直轄地として開発し、ロシアとの交易の拠点とする計画を立てていた。 加えて長崎貿易を強化してその収益を幕府財政に取り入れるほか、俵物や銅などの輸出を奨励し、中国・オランダとの貿易を活性化させようとした。また純度の高い銀貨を鋳造することで、金銀の交換比率の安定を目指した。 もっとも、こうした大規模で先進的なプロジェクトの受注、あるいは株仲間の許可を得るための商人たちの動きが、田沼政治の代名詞でもあるワイロの横行につながった、というのが定説である。 田沼意次を積極的に推し進めたこれらの斬新な施策は、しかしことごとく頓挫することになる。理由は天災と政争だった。(つづく)
2025.06.19
昔は、食堂にある爪楊枝を見る度に、一体いつ使うのだろうと思っていた。歯に物が詰まる経験を殆どしたことがなかったからである。 所が今、47歳になって爪楊枝はなくてはならない存在になっている。というのも、数年前に俺は虫歯で歯を抜くことになったのだが、その際に、インプラントまたは入れ歯という選択肢を迫られ、前者は金銭面で厳しく、後者は年齢面で恥ずかしく、はてどうしようかと悩んでいた所、歯科医の口から「では、歯を移植しますか?」という奇妙な提案を受けたのである。 「奥歯に親知らずがあるので、それを移植します」 聞けば、まず俺の虫歯を抜く、続けて親知らずを抜き、それを空いた穴にはめる。要は手術である。治療費は安く、自分の歯を移植するため噛み合わせもさほど悪くないという。 俺は即座に「やります!」と返答した。歯の移植をした人というのを聞いたことがなかったので、なんだか選ばれし者のような気持ちになったからである。 (下につづく)
2025.06.18
交流戦も終盤に突入したが、セ・リーグの元気がない。17日試合前の交流戦の順位は上位はすべてパ・リーグで、かろうじて6位タイに広島と中日がランクインした。 野球評論家の佐野慈紀氏は「何試合か見たんですけどね、セ・リーグの各チームが受け身になっているんですよね」と指摘する。 その最たるものとして、15日に行われた広島ー日本ハム戦を例に挙げた。 序盤7点の大量リードしていた広島だが、最後には逆転負けを喫した。 「チームに全然余裕が見れなかったのを感じましたね。力の差はないんです。単に気持ちが受け身になっているだけなんです。ネガティブな気持ちが出ている」 佐野氏は投手陣が積極性を失っていると見ていて「勝っているんだから、どんどんといいボールを投げ込んでいけばいいんですよ」と7点差を追いつかれた広島投手陣には強気の気持ちが必要と檄を飛ばした。 最後は〝セの意地〟を見たいものだ。
2025.06.18
インド館を出た俺と母は、すぐ隣にあるインドネシア館へ向かった。 入場口では名産のコーヒーが配られており、 「タダで飲めるん!」 と母がダッシュで食いついた。先ほどゲートで、缶類持ち込み禁止だと知らずに缶コーヒ ーを没収されてしまった母は、 「もう一杯もらえますか?」 と取り返さんばかりの勢いでおかわりをした。もう母の中ではこれが万博のゴールだった のではないかというほどテンションがあがっていた。 その後は、オーストラリア館、ポーランド館、ハンガリー館など、閉園まで計11箇所を まわった。 「制覇したで~!」 と母と会場を後にしたが、 「パビリオンは計180以上もあるで」 と俺が言うと、 「あと何回来たらええねん!」 と母は笑った。俺も母も楽しみがまた一つ増えた。 そういえば、閉園間近に土産物売り場で二人共「ミャクミャク扇子」を買った。俺は落語 、母は日舞をやっているので、今度どこかの舞台で使いたいと、帰り道、盛り上がった。
2025.06.17
今週は予定を急遽変更して、いま上映中の映画の紹介を(何しろ僕も1分くらい出ているものでwww)。 かつてアーチャリーという名で知られた麻原彰晃の3女、松本麗華のこの6年間を追いかけたドキュメンタリーで、監督は長塚洋。死刑やオウム真理教をテーマに撮っている人だ。 映画のチラシには「娘なことは、罪ですか?」とある。彼女はその属性ゆえに、小中学校に入れず、合格した大学からは入学を拒否される。銀行口座も作れない。そんな中で懸命に生きることを模索する。弟を殺された被害者と話し、その対談本を出したり、父の故郷を訪ね初めて親戚に会うが、3時間余り話した後、涙ぐむ(このシーンはジンとくる)。かと思うとボディビルの大会に挑戦したり、沢登りに勤しんだり。 我々が知らない彼女がこの中にいる。 6月22日までは新宿ケーズシネマ。7月5日から横浜シネマリン、11日から「あつぎのえいがかんkiki」をはじめ順次全国で。
2025.06.16
天明末期から寛政初期にかけて相次いだ天災や政変を背景に、戯作の作風が享楽的なものから次第に政治的批評・風刺がきいたものに変化してゆくのは、もともと移ろう人心に敏感な媒体だけに、ごく自然のなりゆきだったろう。 そこで版元の先頭を走るのはやはり蔦屋重三郎だった。ただし大河『べらぼう』劇中では平賀源内を通じて時の権力者・田沼意次と蔦重との同志的繋がりが描かれていたが、この先、幕府当局は一転して蔦重を力で「締め上げる」存在と化していく。 ここでは再び江戸城・幕府内に目を移して、この期間の政争の一部始終を見てみよう。田沼意次の10代将軍家治の嫡男・家基および直接の配下だった平賀源内の‶暗殺死″、その源内が先頭に立つはずだった蝦夷地調査隊についてはすでに触れた。 意次が積極的に進めた殖産興業政策は、悪役イメージとは程遠い。窮乏した幕府の財政再建のために、意次はコメの収穫高を上げること、貿易拡大のため開国することを構想した。その一環である蝦夷地調査団の目的は、新田開発の可能性や鉱物資源の有無の確認、ロシアの南下政策への対応、海産物の増産による長崎での貿易拡大だった。 蝦夷地の調査は少し先の1785(天明5)年から10カ月年かけて行われ、蝦夷地本島(現北海道本島)の新田開発によって実に583万石が得られると試算されている。当時の幕府直轄領の石高約400万石を大幅に上回っていた(つづく)。
2025.06.16
リクルート事件の捜査への疑問 香村 リクルート事件の時に後藤田さんは、「俺のところには未公開株は来なかった」というようなことはおっしゃってましたけど、自分にはなぜ来なかったと考えてたんでしょうか。 平沢 それは私にはわかりませんけど。少なくともあのリクルート事件は、捜査が本当に正しかったかどうかという疑問を多くの人が今なお持っています。あの事件は、政界全体が大きく揺れ動いた事件ですが、本当にあの事件の捜査は正しかったのかどうか。捜査当局の狙いは何だったのか。多くの人が疑問に思っています。 香村 あのリクルート事件で、藤波孝生が逮捕されて失脚するわけですけど。本命は中曽根康弘の秘書なんかがたくさん株もらってるわけですね、未公開株ね。本来はそちらに行ってもおかしくないのを、身代わりみたいな形で逮捕されたんじゃないかと。まあ、憶測があるんですね。 平沢 私は、藤波さんは気の毒だと思う。私は藤波さんからも聞き、藤波さんの秘書からも詳しく聞いていますが、聞いた限りで感じたことをいうと、誰か政治家を検察は挙げなきゃならなかったんで、そこで藤波さんを持ってきたということでないか。藤波さんは自分じゃなくて誰かが受け取っても、それについて自分に責任があるという人です。藤波さんはお前の責任だとする批判が来てもあまり反論しない人です、男らしくて。ですから、あの人はみんなからいいように利用されたと私はそう思っています。いずれにしろ一番清 廉潔白な人がターゲットになってしまった。立件しやすかったということでしょうが、何としても釈然としないものを多くの人が持っています。 香村 藤波さんはあの事件で失脚しなければ間違いなく衆議院議長にはなれましたね。 平沢 衆院議長じゃなく総理になった可能性もありました。 香村 総理になりましたか。 平沢 あの人は労働大臣とかやって、それでもうあと外務大臣とかそういう主要なポストをやり、そして最後は総理だと言われてましたから。あの人は派閥のようなグループを作っていましたからね。 香村 新生クラブ。 平沢 毎週木曜日の朝8時に新生クラブの部屋に議員が40~50人集まるんです。9時半頃までです。もう部屋は狭くて、多くの人は廊下にはみ出す。そのぐらい多くの支持者がいたんですよ。それだけの方が集まって藤波さんを応援していたんです。しかし、リクルート事件で藤波さんはそれまで投資してきたものを全部失ってしまった。 香村 早稲田の雄弁会らしいけど、雄弁家という感じはしませんでしたね(笑)。 平沢 あの人はなぜか雄弁っていう感じはしないです。 香村 しないですね。俳句とか文人的なとこは。 平沢 ほんとおとなしい方で、どこにいても……。藤波さんのかばん持ちでそばにいる時は、藤波さんはいつも何か考えてるから、あまりしゃべりかけない方がよいと言われ、私も話しかけることなく黙ってることが多かった。その黙ってる時に藤波さんは、俳句なんかを考えて。すごい文化人です。 香村 そういう派閥というか政策集団を作って、子分を養成する。そのためには一般の政治家、派閥の領袖は配下に金をばらまくわけですけど、藤波氏なんか、そんなにばらまいてましたかな? 平沢 いやまいてない。まいていれば私の方にも少しは来たでしょ。(笑) 香村 後藤田さんはそういう…… 平沢 金まくことはしなかった。普通、政治家の秘書になると、政治家からどさっともらうということをよく言うんですけど、それはなかったですね。後藤田さんとか藤波さんからは、ゴルフクラブとか洋服をもらったことはありましたが、キャッシュや商品券をもらうことはなかったですね。(笑)
2025.06.16
野球評論家の佐野慈紀氏が巨人の打線の「頼りなさ」を不安視している。 今季、開幕から勝ち星がつかず苦しんでいた戸郷翔征投手が8日の楽天戦(東京ドーム )で7回3安打無失点、2勝目をマークした。 すでに5月25日のヤクルト戦で今季初勝利をあげていたが、この試合は今季最長とな る7イニングを消化。佐野氏も「久しぶりにいい戸郷投手を見ましたね。これまではフォ ークの変化が早かったんですよ。それが、しっかりとベース前で変化していたので、これ から良くなっていくと思いますね」 チームも一時期のどん底期を脱した感もあるが、佐野氏は「まだまだ投手陣も打撃陣も 物足りなさはあります」と言う。 「投手だったらこの選手が引っ張る、打者だったらこの選手が引っ張るんだ、というもの がまだ見えてこない。エースが活躍していないと、現在調子がいい投手にも影響します」 と佐野氏。 最後は「打線に爆発力がないところが、いまの順位を表しているような感じがしますね 」と締めくくった。
2025.06.15







