連載•小説
勝負の8月に突入したが、阪神の強さは止まらない。2位以下の球団はじょじょにCS進出も見据えながらの戦いになりそうな状況だ。 「相変わらず負けへんなー、と。ほかのチームも爆発力が見えないので追いつくのは相当厳しい状況ですね」(佐野氏) その中でも主砲・村上が復活したヤクルトが打線につながりを見せ始めた。3日の阪神戦(神宮)では1本塁打を含む4打数4安打3打点の大爆発でトラ退治に成功した。 それでも佐野氏は「まだ全体をかき回すまではいかないかなと。やっぱり僕が気になっているのがドラゴンズですよ」と話す。 「巨人、横浜、広島と比較しての強みは投手力が安定していること。それは、接戦になった時に有利となります。若い選手も出てきているし、外国人のボスラーやチェイビスも日本の野球に対応してきているので勢いつくと面白いと思います」(佐野氏) 井上ドラゴンズはこの8月〝台風の目〟となれるか。
2025.08.08
蔦重が手がけた唐来参和の『天下一面鏡梅鉢』の内容は、先の2作よりももっと直截的だ。「梅 鉢」は定信の実家と菅原道真の家紋である。舞台は平安時代で主人公の菅原道真が万民に理想 の善政を説き、「めでたき日本」=理想の国を作り上げた…という設定だ。 佐渡の金山が噴火して金銀の雨が降り、穀物が獲れすぎて農家は決まった分量以上の年貢を喜ん で納める。吉原の遊女が手裏剣の稽古に熱中。芝居がやたら儒教的な説教じみたものばかりに ……等々の描写が、干ばつや大凶作にお手上げの一方、行き過ぎた道徳重視と武芸の奨励を行う 幕府へのきつい皮肉となっている。 「御政道」について一般市民が抱く感情をいち早く汲み取り、面白い読み物としてプロデュー スする。大衆向け版元の真骨頂といえよう。もちろん、「言論の自由」という概念は当時は存 在しない。版元には幕府当局の目をくぐり抜ける用意周到さが求められた。 店頭に並ぶ前の情報漏れを防いだり、作家の名前や版元の名前を隠す。あるいは風刺する相手 をもっとボカした図柄を用いた別バージョンを念のため用意しておく……といった工夫をこら していた。 しかし、幕府はそうそう甘くはなかった。(つづく)
2025.08.07
いつぞやのこと、藤田さんと高野さんと若狭さんと椎野さんと一緒に三宮で飲んでいた。 いつも行くのは生田新道から東門筋に入ってすぐのところにある雑居ビルの中にKOBE5と いうカウンターに10席ほどしかない小さなバーである。神戸にあるビルの5階に立地して いるのでKOBE5なのだ。その日もそこでしこたま飲んでいた。藤田さんはばんからに憧れ る苦学生気取りであるからカラオケで歌う時はかぐや姫の「神田川」やかまやつひろしの 「あー、わがよき友よ」などを好んで歌う。俺の世代ではかぐや姫の歌う「神田川」より 嘉門達夫が歌う「神田川」の方がメジャーだったりする。藤田さんが歌うのは荒井注バー ジョンではなかった。 ♪みんなでいった横町のすし屋 廻る寿司でもって言ったのに いつも支払いを任された 高い寿司をたらふく食べて 小さな財布かたかた鳴った あなたは私の財布を見つめ ごっちゃんですねって言ったのよ やばかったあの頃、持ち合わせが無かった ただ貴方のお誘いが怖かった♪ ネタバレ上等で藤田さんは熱唱する。一番年上の藤田さんがこの調子だから他の皆も面倒 なことに巻き込まれる。それは俺も例外ではない。 ♪ちっちゃな頃からちっちゃかった 15で背丈が止まったよ 財布みたけど入ってない 食べるもの皆ありつけない♪(チェッカーズの替え歌) 若狭さんが米米CLUBの「浪漫飛行」を歌おうとしても藤田さんが阻止する。 「おい、若狭よ、この店では「浪漫飛行」を歌うのは禁止になっとるんじゃ」 「え、え、まじですか」 「そうじゃ、『浪漫飛行』と『ロード』は禁止じゃ、マスターがノイローゼになっとるけ」 「じゃあ、何を歌えばええんやろ」 「心配すな、わしが入れといたわ」 加藤和彦の「あの素晴らしい愛をもう一度」が流れてくる。 ♪仕送りをかけて通った店から 周りに迷惑かけてきたから あの時高野と酒飲んで うまいと言っていたけれど 俺と高野は今はもう入れない あの素晴らしい出禁店にもう一度 あの素晴らしい出禁店にもう一度♪(加藤和彦の替え歌) 確かに出禁になった店があった。酒を飲み過ぎて粗相をしたわけではない。居合わせた客 と喧嘩をしたわけでもない。嫌がる女性にちょっかいをかけもしない。それよりももっと 大きな問題で出禁になったのだ。もはや人間としての根源に関わることだ。それは椎野さ んがやらかした非道徳的な失敗だ。梅田にある〝ほとんどびょうき″というパブで椎野さん が藤田さんに促されてキャンディーズの「春一番」を歌ったときである。 ♪耳が取れて鼻がもげて流れて行きます もうすぐダーメですねぇ、ちょっとラリってみませんか♪ 絶対にアウトである。1ミリも笑えない。帰り際にもう来ないで下さいって申し渡されて しまった。当然の仕儀だ。この時、椎野さんや藤田さんがきちんと反省していたかどうか は疑問である。藤田さんや椎野さんはアリスの「チャンピオン」をよく歌うのだが、歌の エンディングあたりに連呼する、‶ライラライラライラライ♪″の歌い方が実に怪しい。その 昔、差別をされた難病の方々を揶揄しているようにもとれる歌い方をしていたからだ。嘆 かわしい先輩達である。(つづく、坂本雅彦)
2025.08.06
前田は今季、デトロイト・タイガースでシーズンをスタートさせたが、自由契約となり、その後はシカゴ・カブスの3Aでメジャー復帰を目指していた。その契約を破棄し、この度、ヤンキース3Aのスクラントンに合流する。 佐野氏は「だいぶ状態は上がってきていたので、なんとかチャンスをもらって欲しいですね」と願う。一方、「失投が増えたことが調子を落とした原因」と修正点も指摘。 「元々、抜群にコントロールがいいというよりは、キレで勝負するタイプ。ここ最近、勢いのある直球も減っているし、スライダーの曲がりも大きくなっている。これは多分、ボールのスピン量が減っているんだと思います」 そんな中で「キレを取り戻すか、コントロールの精度をさらにあげるか。どっちかを取らないと。僕らはよく言ってるんですが『フライアウトになることを怖がらない』。やっぱり投手はバットに当てられるのはいやなもの。でもそれを乗り越えて、投球の幅を広げていかないといけないですね」と話した。
2025.08.06
25mプールを泳いでいると、何か柔らかいものが俺の足に当たった。最初は気のせいだ と思ったが、すぐにまた柔らかいものが当たった。確認したいが、水中で振り返るのは困 難だ。その時、俺は息継ぎで顔を上げると、監視員がこちらに向かって何か呼びかけてい た。だが、水中と息継ぎの交互によって言葉がブツ切りにしか聞こない。分かるのは、監 視員が少し慌てているということだ。これは絶対、俺の足に何か当たっていることに関係 があるはずだ。一瞬、頭の中で「後ろに鮫がいます!」に聞こえた。区民プールにジョー ズがいる訳はないが、そう聞こえたせいで、一気にゴールへ泳ぎ着いた。 陸にあがると、泳ぎが遅い方は後ろに人がつかえている時は先に譲って下さいとのことだ った。ここは完泳コース。俺にはまだ早かった。まずはフリーコースで練習する為、移動 した。フリーコースにいる子供たちは、突然現れたおっさんの姿に、ジョーズを見たよう な顔になった。
2025.08.06
孤島から海に投げ込む小瓶かも知れないけれどきみに言葉を たっぷりと横顔おれに見せつけてキュウリを食らう 唇(くちびる)にマヨネーズ 「ごめんそろそろ鎮痛剤が効いてきた」電話の向こうの女友達 上の3首は、敬愛する女性歌人に献じた歌だ。 2首目、3首目は実際の景を、ほぼそのまま五七五七七にまとめた。 1首目は僕にしては珍しく、イメージを短歌に仕立てた。 孤島、小瓶、言葉と、キーワードが頭韻を踏んでいる(「こ」という音で)ので、気に入っている。から、込む、かも、きみ、などK音が連ねてあるのも、なかなかではないか(と自賛しておく)。 短歌は音の文学だから、同じ響きを大切にする。今読んでいる俵万智さんの『生きる言葉』というエッセー集にも、あの有名な 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 という歌について、「サラダというS音との響きを考えて、六月でなく七月を選んだのは正解だった」というくだりがあった。 自分の話で終わってしまったが、来週は、敬愛する女流歌人の、その敬愛する所以について触れてみる。(この項つづく)
2025.08.04
松平定信が推し進めた世に言う「寛政の改革」は、「寛」大な「政」治という字面とは真逆だ った。皇室や大奥の経費を削減したのを始め、大名・旗本や町人・農民とまんべんなく倹約が 求められた。特に武士には「文武両道」を唱え、武術や学問を強く奨励した。 しかし、定信が老中首座となった1788(天明8)年からその翌年は、蔦重の黄表紙の売れ行きが 最高潮だった期間である。いったいどんな内容だったのか? そのラインアップはこんな具合である。 1788(天明8)年:恋川春町『悦贔屓蝦夷押領(よろこんぶひいきのえぞおし)』 朋誠堂喜三二『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくどうし)』 1789(天明9)年:恋川春町『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』 唐来参和『天下一面鏡梅鉢(てんかいちめんかがみのうめばち)』 山東京伝『奇事中州話(きじもなかずわ)』 当時、書籍は正月に袋に入れて売り出すのが通例だったが、ことごとくが大変な勢いで売れた という。 当時の記録では、「問屋仲間は言うまでもなく、小売りの者までもが我も我もと買いに店まで 押し寄せたために行列ができ、製本が間に合わない。摺ってそのまま製本せずに台車に積んで 引いていても、客は「そのままでいいからくれ」と争って買いに来る。そこで表紙と製本用の 糸をセットで売った」と、異常なまでの過熱ぶりがうかがえる。(つづく)
2025.08.04
26年春の高校野球選抜大会(センバツ)からDH制(指名打者制度)が導入される見込みであることが明らかになった。選手の出場枠が増えることや、投手の負担を軽減することなどがメリットとして挙げられている。 佐野氏は「半分OKだし、半分さびしい気持ちもあります」と話す。 「選手の出場機会が増えるのはいいことだと思います。ただ、大谷選手の活躍でこれだけ二刀流が盛り上がっているなかで、そういう選手が少なくなるのではないかなとも思います。もちろん、打力のある投手は打席に立てばいい話なんですが」(佐野氏) 新時代に突入する来春のセンバツがいまから楽しみだ。
2025.08.03
俺は平泳ぎをしている。中学生以来、実に32年ぶりに25mプールを泳いでいる。 最初は自信がなかったが、手足を動かせば自然、前へ進んで行く。 一体、この泳ぎ方を誰に教わったのだ?体育の牧浦先生か?あの頃が昨日の続きのように俺は泳いでいる。これほど長い間、25mプールの筋肉を使わなくてもここまで動くとは、もしや俺の前世は魚だったのか? ブクブク。ハー。ブクブク。ハー。と思ったが、息継ぎのスパンが短すぎる。これだけ頻繁にハー。空気が必要ならハー。魚の線はあっさり消えたハー。前世はなんなのだ?忍者か?でも忍者だったら泳ぐよりもハー。水面を歩けそうだハー。しかしなぜ俺はこんなにも前世にこだわっているのだハー。 余計なことを考えたらブクブク。沈みはじめて来た。目に水が入って前が見えない。あとどれ位でゴールだろうか。俺は忍者でも魚でもないブクブク。 顔を上げた刹那、はるか向こうにいる監視員が蜃気楼のように見えた。 (つづく)
2025.08.03
イチロー氏がオリックス在籍時代に、佐野氏は近鉄バファローズの中継ぎエースとして何度も対戦した。 イチロー氏の思い出について聞くと佐野氏は「初対戦は正直、覚えていないんです。ただ、長岡球場(新潟県)で野茂から放ったプロ初のホームランはブルペンで見ていましたね」と振り返る。 対戦時は「本当に楽しかった。どうやって抑えてやろうか! と。必死でがむしゃらでしたね」と佐野氏。 抑えるには「インコースのギリギリをどうやって振らせるか」(佐野氏)と集中していたそうで、ある時には打ち取って攻守交代ですれ違った際に「佐野さんは僕の時だけすごい(球が)来ますねえ!」と声を掛けられた。佐野氏も「だって楽しいんだもん!」と応じたそうだ。 「その言葉を聞いた時に、『僕もピッチャーとして認められたんだ』と感じましたね。ある時には、直球アウトコース低めのベストピッチを「レフトポール際にホームラン打たれましたよ(笑い)。後で、僕が『ポール際(ぎりぎりだった)』と言うと、イチローは『何言ってるんですか佐野さん! 左中間でしたよ!』って」とうれしそうに振り返った。
2025.08.03







