大河ドラマ「光る君へ」その後――武士はいつ誕生したのか
連載•小説
2024/12/19
NHK大河ドラマ『光る君へ』が全48回の放映を終えた。『源氏物語』の作者・紫式部と、最高権力者・藤原道長を中心に平安貴族の世界を描き、例年とは異なる女性層の視聴者を得、おおむね好評だったと言われている。
今回で63作目を数えた大河ドラマ。初の源平の戦いである保元の乱(1156(保元元)年)より150年近く前、大きな戦の起きなかった時期を扱う異例の試みだったが、物語終盤に突如として血生臭いエピソードが飛び込んだ。中国東北部の女真族(刀伊)が海賊と化して、壱岐・対馬と北九州沿岸を襲った、いわゆる刀伊来寇である。
1019(寛仁3)年3月28日、1隻につき数十人の賊徒が乗った約50隻からなる刀伊軍が突然対馬を襲撃、殺人と放火を繰り返し、次いで壱岐もその手に落ちた。モンゴル軍が最初に襲来した文永の役(1274年)の実に255年前である。
その惨劇はその日のうちに対馬・壱岐の双方から筑前・大宰府に向けて通報が出されたが、実際に到着したのは4月7日。その頃には刀伊はすでに現在の福岡県北西部付近に上陸。怡土(いと)、志摩、早良で老人・子どもを殺し、牛や馬を食い、方々に火を放ち、無抵抗の男女は船に連れ込まれたという。
『光る君へ』のドラマの中では、大宰府に派遣されていた道長の甥・藤原隆家が奮闘し、撃退したことになっているが、この戦いは当時まだ歴史に登場していなかった「武士」という階級の登場に少なからず関わってくる。(つづく)
※主な参考文献
関幸彦『刀伊の入寇』中公新書
TIMES
連載•小説








