2024/12/18
「野党各党は壁をとっぱらえとかいうが、根本おかしいと思う。なぜ学生が103万円まで働かないといけないのか」と宣った政治家がいる。自民党の政調会長である小野寺五典衆議院議員である。「授業料の減免を受け、大学構内の寮に住み、奨学金とバイトで生活費を捻出した。
だからこそ、学生には学業に専念できる国の支援が必要と思っている。学生には安心してさまざまな活動に励み、視野を広げて社会人基礎力を磨いてほしい」と主張した。札幌の講演会での発言であるが、この発言が大いにバズっている。小野寺五典議員のXは瞬く間に50万回以上が閲覧され、2千人以上の反論が投稿される事態となっている学費無償化も実現せず、給付型奨学金も不十分である現状を知りながら放置し、衆院選での国民民主党の基礎控除額の見直しを図る政策が国民の大きな支持を受けるとみるやこのようなことを平気で言いだす。小野寺五典議員はそのようなことを言うのだったらもっと早く実現していればよかったのではないか。衆院選の大敗北以前にはいつでも実現できるだけの勢力を誇っていたのだから。
そうは言うものの、筆者は大学授業料の無償化や給付型奨学金には否定的である。未だに社会は学歴重視。学歴が必要だと考える者の多くが「社会的信用やステータスアップ」。
「学歴で判断する企業の多さ」などを理由に挙げる。大卒の生涯賃金と高卒の生涯賃金では大いに違う。男性は3千万円、女性は6千万円も差が開く。(労働政策研究・研修機構)大学の授業料が4年で500万円だとして凄まじい高収益を生んでいることになる。なにも大学授業料無償化をしなくても十分に元は取れる。
生まれた家庭の経済的な格差を埋める為としての給付型奨学金も必要ない。人的資本形成と大学での高等教育は関係ない。貸与型奨学金の充実を図ることで十分である。貸与型奨学金を利用した者は多額の借金を背負わされた状態で社会に出ることとなるから、その負担を解消する、または軽減するべきだという理屈もしっくりこない。社会に出て学費として背負った借金ですら返済が困難になるような所得しか得られない大学なんて行く必要があるのか。もしくは、そのような状況に陥るような収入しか得られない会社にしか就職できない大学に行く必要があるのか。
大学の授業料なんてものは投資のようなものであり、投資はその投資によって得られる効果を見極めて行うもののはずである。定員割れの大学もあるが、そのような大学には公的資金を支給するべきではない。あと、推薦入試やAO入試に給付型奨学金も貸与型奨学金も馴染まない。
いずれにせよ、小野寺五典議員は大学教育が私的な自己投資であることを理解していない。大学教育が労働生産性に寄与することがないということはIMFの調査でも明らかになっている。国民の所得向上に関する見直しと自身の苦学生自慢を同一視するのはもってのほか、小野寺五典議員のみならず、これまで多くの自民党政調会長の認識がプアだから我が国の富が失われ弱体化したのだ。(紅 良作)
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