2024/11/21
12点あるゴッホの「ひまわり」
フィンセント・ファン・ゴッホの「ひまわり」は、遍く名画の中でも我が国においてもっとも有名なもののひとつであろう。我が国には、複数存在する「ひまわり」のひとつがある。バブル華やかなりし1987年に安田海上火災(現損害保険ジャパン)がそれをロンドン・クリスティーズで落札、58億円を投じて我が国に引っ張ってきた時、そのことはあたかも事件の如く報じられたものだ。その時の同社社長だった後藤康男(故人)が、同社運営の東郷青児美術館(現SONPO美術館)の不入り打開策として強引にこの世界的名画のひとつを文字通り札束をたたきつけて同美術館の目玉に据えた。35年を経た今でもその〝目玉〟は、後藤が引っ張ってきたときのまま、同美術館に鎮座する。日本人にとって親しみ深い絵というのは、このことに由来する。遠くルーブル美術館まで行かなくては見られないシロモノではないのだ。
「ひまわり」は、この世に、7作とも11作、あるいは、12作あるといわれている。このうちどれが定説なのかははっきりしていない(※ひまわりが花瓶に挿してある構図、そうでない構図でお互いが別物扱いされているようだ)。第一作と言われるものは、1888年8月に南フランスのアルル、〝黄色い家〟にてゴーギャンとの共同生活時に描かれたとされている。この作品を皮切りに、半年あまりの期間でゴッホは7つの〝ひまわり〟を描き上げる。ちなみに、安田海上後藤が35年前に購入したのは、四作目とされている。あまりにも有名な「ゴッホ耳切事件」の後に描かれている(1888年12月)。このように、「ひまわり」7作品については、目下、極めて厳密な注釈と管理が施されている。
美術専門誌でもない本誌においては奇異に見えたかもしれないが、ここまでの講釈はこれから語る驚くべき事態を描く上で、最低限知っておかなければならないことなのだ。
ゴッホ作の「ひまわり」に、もう一点加わる、そして、それは実は長年我が国に眠っていた、としたら。まるで、ミステリー映画の惹句のようだが、そうではない。その「ひまわり」(50号)は、今、都内の財閥系倉庫の片隅に安住の地を得た如くひっそりと眠っている。持ち主は現存している。ただ、あまりにもセンセーショナルな事態だけに所有者は頑なに沈黙を守っている。これからもこの状態は保たれていくだろう。数少ない関係者からのインフォメーションをつなぎ合わせてみると、この「もうひとつのひまわり」は、目を剥くような逸話がまとわりついていた。いわゆる、55年体制下の自民党のおもちゃにされ、時には人前にさらされ、あるときには、総裁選の軍資金に化けたりした。なんとも数奇でおぞましい運命に翻弄されているのだ。その運命の変遷は下手な大河ドラマよりも面白い。
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