狂歌・戯作・絵師オールスター宴会で歌麿を売り込む
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2025/09/24
喜多川歌麿が狂歌界の大物・大田南畝と宴席をともにしたのは、打ちこわしで世間が騒然とし始めた1782(天明2)年の秋。忍が岡――現在の台東区上野・不忍池一帯――というから、当時の歌麿本人の自宅近く。その近隣の料亭か何かだったと推測できる。
ここに大田南畝を始め四方赤良、朱楽漢江といった狂歌の大御所、恋川春町や朋誠堂喜三二という耕書堂の戯作2本柱に北尾重政、勝川春章、さらに鳥居清長といった売れっ子の浮世絵師など、蔦重の周囲のオールスターと言っていい面々が集まっている。
もちろん、無名のルーキー絵師が声がけできるはずもなく、秘蔵っ子の歌麿を売り出すために蔦重が一切を仕切ったことは間違いないだろう。
南畝の判取帳にはさんであって今に残る版画のチラシには、正面を向いて膝を立てて座り、顔を伏せている歌麿の像と、その横にこのオールスターの面々の名を書いた貼り紙を張りまくった屏風が描いてあり、「このたび画工の歌麿と申す者。天明2年秋、忍が岡にて会合を開いたとき、戯作者ほか皆様の縁を仲良く取り持った歌麿大明神です」云々とおどけた口上が添えてある。
チラシは宴会から少し日が経ったあたりで摺られて出席者たちに配られたものであろう。ルーキーながら強い自負心も感じられる。蔦重は歌麿を、この先輩戯作者たちの作品に添える挿絵で売り出してゆく。(つづく)
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