2024/11/09
初動捜査の錯綜がすべてを決めた
この事件の場合、正直、初動捜査はもたついた。焦る和歌山県警。世紀の大事件にもかかわらず、その捜査は思ったように進展しない。時間は容赦なく過ぎてゆく。
その時、事件の根本的な見直しが図られた。その時、青酸カレーではなく、ヒ素カレーに、使われた毒物が鮮やかに変わっていくのだ。
この変貌を裏付ける資料がある。和歌山県警科捜研(科学捜査研究所)、科警研(科学警察研究所)の鑑定・検査状況と題する図表である。これは、平成10年8月9日付毎日新聞27面にのみ掲載された。
この図表には、被害者谷中孝寿さん(死亡)の心臓血、同の胃内容物、同の吐しゃ物、並びに 鳥居幸さん(死亡)の吐しゃ物、以上四カ所で、ハッキリと青酸を検出していることが記されている。
この明確な事実を、原審(一審)から、終始、最高裁に到るまで、取り上げていないのだ。青酸からヒ素に、事件はすっかり変わってしまったのだ。
さらに驚くべき事実がある。
「ヒ素は、林(眞須美)の自宅の家宅捜査で見つけられましたことになっています。実は、3回目の家宅捜査で、台所のシンクの下に隠してあったのを探し出したというのです。100名近い捜査員でやる家宅捜査の3回目で初めてヒ素が見つかった、それも台所のシンクの下だった、こんなことを信じる人がいるでしょうか?」(捜査関係者)。
つまり、ヒ素は警察側の意図的な証拠とされたのではないか、との疑いがあるのだ。その代わり青酸は、どこからも出てきていない。
その挙げ句、裁判では、青酸に関わる証拠は一切出されずに進行していく。
使われた毒物は殺人事件の中核だ。それが初動捜査期間に劇的に変わっていた。
青酸からヒ素に転換していく捜査に関連して、なんとも奇妙で不気味な話がある。
林眞須美宅から出てきたヒ素を見つけ出したひとりにNという和歌山県警科学捜査研究所元主任研究員がいた。Nは、このおよそ15年後に、証拠品の鑑定結果を上司に報告する際に書類を捏造した疑いがあるとして書類送検、在宅起訴(証拠隠滅と有印公文書偽造・同行使)される。判決は有罪となり、Nは、同県警を去った。この事件で、Nが、過去、なんと19事件で証拠のねつ造をおこなっていたことが明らかになったのだが、和歌山県警は『そのなかに和歌山カレー事件は含まれていない』、とあえてコメントした。ただ、前述したように、カレー事件でヒ素を現場から引っ張り出したのが他ならぬNともなれば、大きな疑念が湧いてくるのもやむを得ない。
ヒ素、と決まれば、ここから捜査の速度はフルスロットルで上がってくる。数十時間前の沈滞ムードで沈みこんでいた捜査本部とはまるで違った変わりようである。昨日まで、青酸カレー事件という見出しが踊っていた紙面は、ここからはヒ素一辺倒になる。
事件発生一ヶ月の同年8月終わり頃から、〝あの夫婦が怪しい〟、やがて、〝あの夫婦だよ、動機は保険金〟となってくる。
この機運が最高潮に達した事件発生から二ヶ月後の10月8日、林眞須美とその夫でヒ素を常時扱うシロアリ駆除業者だった林健治氏は、別件(保険金詐欺)で逮捕された(本件での林眞須美の逮捕は、12月9日。この間、林眞須美は、別件で何度も再逮捕されている)。以来、林眞須美は、23年間獄中につながれたままである。
この事件は、初動捜査で特定されていた通り、青酸カレー事件だったのではないか。これがこの事件の最大の疑問点であり、争点なのだ。
日本司法における最大の誤信事件
第二次再審請求の張本人である生田弁護士にご登場願おう。
「死刑判決が出た事件にもかかわらず、死亡者の解剖結果、死亡診断書、それに、死体検案書が裁判では提出されていないのです。具体的には、青酸での犯行である、という証拠は意図的に削除されて判決が出されているのです。あんなに明確に青酸による被害が出ているのにですよ。
私は長年裁判官を務めてきましたが、こんなことは絶対になかった。いや、あり得ないことなんです」。
この老弁護士は一息ついて、一気に言い放った。
「和歌山県警においては、この事件は、青酸カレー事件ではなく、ヒ素カレー事件でなければならなかったのです。そこには深い闇があります。その闇を、再審で明らかにしていきます」。
生田弁護士は、「この事件を日本司法における最大の誤審事件である」、と言ってはばからない。
再審の行方に注目せざるを得ない。
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