2025/07/12
2020年6月30日、中国政府は香港国家安全維持法(国安法)を施行した。この法律は、国家分
裂、政権転覆、テロ活動、外国勢力との結託を禁じる内容で、香港の政治・社会状況を一変させ
た。2019年から2020年にかけての激しい抗議デモや治安当局との衝突は記憶に新しいが、5年後
の2025年、香港は大きく変貌している。
抗議デモの終息と「中国化」の進行
2019年、逃亡犯条例改正案に端を発した大規模な抗議デモは、香港の若者や民主派を中心に自
由と自治を求める運動として世界の注目を集めた。しかし、国安法の施行により、これらの運動
は急速に沈静化した。国安法は曖昧な条文で広範な行為を規制対象とし、最高で終身刑を科す可
能性があるため、市民の言論や集会の自由は大きく制限された。デモ参加者や民主派の活動家は
逮捕され、著名な活動家やメディア関係者の多くが投獄または国外へ逃亡した。
現在、香港の街頭では反中国的なスローガンや抗議活動はほぼ見られなくなった。かつての「
光復香港、時代革命」の叫び声は過去のものとなり、公共の場での政治的発言は自己検閲される
ようになった。香港政府は国安法を活用し、民主派の政治団体やメディアを解散させ、独立系の
新聞社「蘋果日報(Apple Daily)」も2021年に閉鎖に追い込まれた。これにより、香港の報道の
自由度は急落し、国際的な報道自由度ランキングでも大幅な後退が見られる。
さらに、教育現場でも「中国化」が進んでいる。学校のカリキュラムは中国の歴史や価値観を
強調する内容に改編され、愛国教育が強化されている。若者たちがかつて掲げた民主主義や自由
の理念は、公式な場ではタブー視されるようになり、香港のアイデンティティは中国本土のそれ
に近づいている。
市民の海外移住と人口の変化
国安法の施行後、香港市民の海外移住が急増した。特に若者や高学歴層、専門職の人々が英国
、カナダ、オーストラリアなどへ移住するケースが目立つ。英国は2021年にBNO(英国国民海外
パスポート)保有者向けの特別ビザ制度を導入し、数十万人の香港市民がこれを利用して移住し
た。
一方、香港への中国本土からの移住が増加している。中国政府は香港への経済的統合を進める
ため、本土からの投資や人材流入を奨励している。香港の住宅市場やビジネス環境は本土出身者
にとって魅力的であり、新たな移民が香港社会に新たな影響を与えている。しかし、これにより
香港独自の文化や広東語の使用が希薄化し、市民の間でアイデンティティの喪失感が広がってい
る。
経済と国際的地位の変容
香港はかつてアジアの金融ハブとして繁栄したが、国安法施行後の政治的抑圧は国際的な信頼
を揺らがせた。多くの外資系企業は香港での事業継続に慎重になり、一部はシンガポールや東京
へ拠点を移した。香港証券取引所は依然として重要な市場だが、投資家の間では地政学的リスク
への懸念が高まっている。
それでも、中国政府は香港を「一帯一路」構想や大湾区計画の要として位置づけ、経済的な中
国化を推進している。本土企業による投資やインフラ開発が進む一方で、香港の経済構造はます
ます中国依存を強めている。この結果、香港は国際的な金融都市としての独自性を一部失いつつ
あるが、中国経済圏内での役割は強化されている。
社会の分断と沈黙の文化
香港社会は現在、深い分断を抱えている。国安法に反対する市民は声を上げることが難しくな
り、沈黙を強いられている。一方で、中国政府を支持する層や現状を受け入れる市民も存在し、
意見の対立は家庭や職場での摩擦を生んでいる。ソーシャルメディア上でも、国安法違反を恐れ
て政治的発言を控える傾向が強く、かつての活発な議論は影を潜めた。
若者たちの間では、将来への不安が広がっている。自由を求めて海外移住を考える者もいれば
、香港に残り現状に適応しようとする者もいる。しかし、共通するのは「香港らしさ」が失われ
つつあるという感覚だ。広東語の使用が減り、中国本土の文化や価値観が浸透する中で、香港の
独自性が薄れていくことに、多くの市民が複雑な思いを抱いている。
香港の未来
国安法施行から5年、香港は中国化の道を突き進んでいる。かつての自由で多様な都市は、政治
的抑圧と人口流出により大きく変貌した。国際社会は香港の状況を注視し続けているが、中国政
府の影響力は揺るぎない。香港市民の多くは、新たな現実の中で生きる道を模索しているが、そ
の過程で失われた自由とアイデンティティを取り戻すのは容易ではない。香港の未来は、中国と
の関係性や国際社会の動向に大きく左右されるだろう。金融ハブとしての地位を維持しつつ、独
自の文化と自由をどの程度守れるのか。2025年の香港は、その岐路に立っている。
TIMES
政治•経済



