没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば 元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第9回
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2025/06/23
総理大臣を断った
香村 後藤田さんの晩年には、彼を総理大臣に押し上げようという勢力というか、動きが一部にあった?
平沢 そりゃありました。ありましたけど後藤田さんが断った。それは間違いない。リクルートなど、いろいろと事件が続いたことから、後任が決まるまでピンチヒッターとして後藤田さんに出てもらえばいいんじゃないかということだったんです。それで荒療治して、落ち着いたら、今度は常識ある政治家のもとで国の改革などに取り組んでもらうということだったんですがこれダメだった。後藤田先生がピンチヒッターを断ったからです。年令が行き過ぎていたからかな。伊東正義先生に何か言われたんですかね。
香村 どちらも政治改革運動で力を尽くされたわけですけど。後藤田さんは、晩年は結局体を壊されて、入退院を繰り返したみたいですね。
平沢 私もよく話に行きましたが、お亡くなりになる直前までものすごくお元気でした。ご家族に聞いたら、人間ドックということで入ったにもかかわらず出てくる時は亡くなっていた。関係者の責任だと思います。なんでこれを問題にしないんだって聞いたら、歳が歳だからって。
香村 訴えられました?
平沢 しなかったようです。
香村 そういうのはオープンになってますか?
平沢 オープンになってるかどうか、私は知りません。ご家族は問題にはしないって言ってました。
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