続く天災、政変……世相不安もビジネスチャンスにした蔦重
連載•小説
2025/06/12
実は、蔦重が手掛けた黄表紙の代表作『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』の作者・山東京伝は、絵師・北尾政演の戯作者としてのペンネームである。同書は執筆も挿絵も京伝が手掛けたものである(以降は山東京伝の名で記す)。
実際の京伝はイケてない主人公・艶二郎とは正反対、長唄・三味線もうまい美男で、吉原での遊びが高じて月4~5回しか帰宅しない遊び人として名を馳せた。妻と死別した後、2度も遊女を身請けしている。このドル箱作家であり売れっ子絵師であった京伝は、その後も10歳以上年上の蔦重とともに長く歩んでいくことになる。
ところで、天明期は日本も江戸も、絶好調の蔦重やその周辺のように元気一辺倒の時代では全くなかった。それどころか、三大飢饉の一つ・天明の飢饉を始めとした様々な天災、そして政変や事件に見舞われていたのだ。以下に列挙してみよう。
1783(天明3)年:浅間山の噴火、天明の飢饉の始まり
1784(天明4)年:老中田沼意次の嫡男・意知殺害
1785(天明5)年:超インフレで一般庶民の生活困窮
1786(天明6)年:田沼意次失脚。10代将軍家治死去、家斉11代将軍位に就く
1787(天明7)年:江戸を始め、全国で打ちこわし多発。松平定信が老中首座に、田沼意次死去
老中・田沼意次が権勢を誇った天明の時代が一転し、松平定信が権力を握る質素倹約と緊縮財政の寛政期に入るまでの世相は、黄表紙を手掛ける蔦重にとってはビジネスチャンスでもあった。(つづく)
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