連載•小説 新連載 没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば  元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第3回
新連載 没後20年、戦争を危惧した後藤田正晴いまありせば  元官房長官秘書官 平沢勝栄が語る 第3回
連載•小説

2025/05/27

田中角栄を非常に評価

香村 ところで先ほど後藤田さんはハト派で、比較的社会党に近い考えというようなことおっしゃいましたけど、どうですか、防衛問題、外交問題をめぐって。中曽根さんはどちらかというと岸信介に近くて、結構サポートしてもらったようなことがあったらしい。GNP1%では三木武夫が固執したわけですけど。後藤田さんは岸信介、あるいは三木武夫に対してどういうような考えというか、関係性はどうだったんですか?

平沢 私は岸信介さんの奥さんは知っていますが、岸信介さんにはお会いしたことがありません。

香村 ただ、後藤田さんは、岸信介が安保闘争の時に総理だったことから、戦前の彼のイメージが悪すぎるから、安保も過激化したというような発言はされてますけどね。

平沢 そうですか。

香村 それと中曽根さんが総理になった時に「戦後政治の総決算」というものを謳ったわけですよね。それでその後、「日米の運命共同体」とか、「日本は不沈空母だ」発言をされてるわけで、これに対して後藤田さんがかなり反発されたわけですかね。

平沢 直接的には知らないですけど。ともかく防衛費はこれ以上増やすのはどうか。警察とか自衛隊は力を持ってるんだから、常に謙虚でなければダメだ。これが後藤田さんが言っていたことです。

香村 後藤田さんは、中曽根康弘と田中角栄というものを「出色の総理大臣」だと、非常に評価されてますね。

平沢 その通りです。特に田中角栄さん。大変に評価してました。田中さんの事件がありましたでしょ、ロッキード。あの時は捜査当局をずいぶん攻撃していました。捜査当局は部分だけで総合的に見ることができないとも言っていました。三木内閣は事件の徹底解明を掲げていましたが、この三木さんの対応についても大いに疑問を持っていたと思います。

香村 中曽根康弘も大変な政治家だというふうに評価してるんですけど、中曽根康弘と後藤田さんとの、この首相と官房長官の関係というのは何と言いますか、昔の総理大臣になぞらえると、佐藤栄作と保利茂みたいな関係ですかね。

平沢 よく言っておられたのは、中曽根さんは確か昭和16年の内務省採用で、後藤田さんが昭和14年です。役所は一年違ったら大変な違いで、少しでも後輩が前に出てはダメとされています。その先輩の後藤田さんが後輩の中曽根さんの下で働くことになるわけで、普通はありえないことですが、これが日本のためになるんだったらということで、自分は引き受けたということを言ってました。そういうこともあって、納得がいかないことを中曽根さんがやれば、自分は絶対に許さないし、その時は自分はいつでも辞める覚悟だと。

香村 モノの本によると、中曽根康弘が田中角栄と同じトイレ入っていた時ですね、中曽根康弘が田中角栄に「後藤田を貸してくれないか」と。派閥は違うんだけどね。田中派から引っ張って来るのを認めてくれないかということで、お願いした。それで田中角栄も逡巡しながら、最終的には「分かった。貸しましょう」ということになったというようなことらしいんですよね。それだけ中曽根が後藤田というものを、その才能というか人格というものをものすごく評価していた。

平沢 ともかく後藤田さんという人は、人事にかけては天才です。異論の人を大切にし、側近で仕事をする人を、「命をかけても自分はこの人のために働く」という思いにさせる。この点で後藤田さんのような人はなかなか他にいないといえる。中曽根さんからすると、後藤田さんが近くにいると極めて安心できる布陣になるから、自分としてはどうしても「後藤田さんが欲しい」となる。

香村 後藤田さんは後藤田さんで、中曽根というのは人使いが非常にうまいというようなことを語っていますね。例えば、行革の問題で土光敏夫(東芝元社長、経団連会長)さんを引っ張ってきて、国民的な行革ムードを高めたというようなことでね。人使いが非常にうまいというようなことをおっしゃってますね。

TIMES

連載•小説