連載•小説 蔦重が進出した日本橋は「悪役」書物問屋・地本問屋がズラリ
蔦重が進出した日本橋は「悪役」書物問屋・地本問屋がズラリ
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2025/04/07

 1783天明3)年、蔦重は丸屋小兵衛の店と蔵を入手し、日本橋通油町に進出する。日本橋は言うまでもなく、五街道の起点であり、日本橋川を始めとした掘割が縦横に張り巡らされ、後に「東洋のヴェニス」と称されるほど水上交通が発達していた。要は物流・商業の中心地だったわけだ。

 

様々な商品の問屋が立ち並ぶ問屋街が形成され、魚介類を競り売りする魚河岸(築地に移転するまでは日本橋の河岸にあった)や呉服店が繁盛した。大名屋敷や蔵屋敷など武士階級も在住。豪華な江戸風の町屋が軒を連ね、黒漆喰や鬼瓦などで装飾された建物が立ち並んだという。

 

無論、文化の一大拠点でもあった。その中核となったのは、人形町の芝居小屋の江戸歌舞伎もさることながら、やはり書物出版や貸本業だった。『べらぼう』劇中ではもっぱら既得権益を振りかざす悪役として蔦重・吉原勢と対立する書物問屋・地本問屋も、この日本橋に軒を連ねていた。各々のメンバーのプロフィールを抑えておこう。

 

劇中で風間俊介演じる鶴屋喜右衛門は日本橋の大伝馬町に店を構え地本問屋の代表格であり、明治まで約240年続いた老舗である。京都に本家があ、江戸進出は万治年間(1658年~1661年)草双紙、錦絵を手掛ける蔦重のライバル的存在だった。浮世絵の祖・菱川師宣や鳥居清倍に地誌や漆絵を描かせたり、後の錦絵では勝川春英、北尾松美、歌川国貞、喜多川歌麿など江戸期を代表する浮世絵師の名前も。

 

ずっと後の話だが、1833(天保4)年に歌川広重『東海道五十三次』55枚組の版元もここである。(つづく)

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